テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.09.28

維新前夜の長州藩に「防衛」意識を育てた男

Jアラートなき時代の国防意識

 2017年8月29日朝、Jアラートが鳴り響き、日本列島全体が「北」からのミサイル危機を感じる機会が増えてきました。しかし、歴史をさかのぼれば、幕末期の黒船来航以前から国防意識を持ち、危機に備えようと考える藩はあったのです。長州藩です。

 幕末から明治にかけて多くの維新の雄を生み出し、近代日本精神の礎の大半を築いたのが、長州藩士のメンタリティといってもよいかもしれません。そんな幕末から明治にかけての長州藩士の動きを、意外な学者が追いかけています。中東・イスラム事情や国際政治が専門の歴史学者・山内昌之氏です。山内氏の目に映った幕末長州を、国防の視点から見るとどうなるのでしょうか。

長州藩に「地政学」を根付かせた男

 幕末長州の最も大きなポイントは「地理的なロケーション」だと山内氏は言います。現在の言葉では「地政学」とも置き換えられるでしょう。海をはさんで半島や大陸に最も近いのが長州と周防(現・山口県)。外に向ける意識が高かったのは、長い歴史に育まれた成果に相違ありません。

 外に向ける意識とは、「海の向こうから敵が攻めてきたらどうしようか」という安全保障に対する問題意識です。江戸時代を通じて日本人にこの意識がきわめて弱かったのは、鎖国によって守られているという共通認識があったからかもしれません。

 そんな中で、「いつ外国船が攻めてくるか分からない」と言い出したのが、長州藩家老の村田清風です。この人物がいなければ、幕末から明治にかけての様相も変わっていたに違いないと山内氏は見ています。

アヘン戦争を通じて外国の脅威を知る

 臣下の進言を素直に聞き入れることから「そうせい候」と呼ばれた長州藩主・毛利敬親のもと、彼は藩の重役になります。外国船への脅威を語ったのはその時で、「軍事技術の習得」「外国に対する防備の徹底」を説きました。

 進言は受け容れられ、対外防備を主眼とする大規模な操練(軍事訓練)が行われるようになりました。大陸に近い長州藩国防意識は武士だけでなく庶民の間でも高まり、海岸防備の訓練は、後に高杉晋作が率いる「奇兵隊」にもつながったといわれています。

 清風が外国の脅威に目覚めたのは、なんといっても1840年から42年にかけておこったアヘン戦争にありました。イギリスが清(中国)に仕掛けた、歴史上「最も愚劣」と呼ばれる策略です。彼の第一の実績といわれる「天保の藩政改革」がアヘン戦争と同時に始まっているのは、決して偶然ではありません。

国防論、松陰を通じて全国に波及

 清風は黒船来航(1853年)の2年後に亡くなりますが、安全保障や国防に対する意識は多くの人に継がれました。その代表的人物が、吉田松陰です。

 松陰は、他の長州藩士と同様、日本海を強く意識していました。日本海に浮かぶ島のなかでも、とりわけ無人島である竹島に着目したといわれます。ややこしいことに、当時「竹島」と呼ばれていたのは現在の鬱陵島で、「松島」と呼ばれていたのが現在の竹島です。松陰が「鬱陵島には人が住んでいない」と主張し、その開発に強い関心を向けたことを、山内氏は安全保障の意識の表れと解説しています。

 きっと松下村塾の中で、熱い議論が交わされたことでしょう。松陰が伝えた国防意識は、塾生を通じて藩外にまで波及していきます。現在では明治維新の精神的指導者といわれる松陰が、たった11歳で藩主に進講したことは伝説になっていますが、その周旋を買って出たのも家老・清風でした。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

次の時代は絶対にアメリカだ…私費で渡米した原敬の真骨頂

次の時代は絶対にアメリカだ…私費で渡米した原敬の真骨頂

今求められるリーダー像とは(3)原敬と松下幸之助…成功の要点

猛獣型リーダーの典型として、ジェネラリスト原敬を忘れてはならない。ジャーナリスト、官僚、実業家、政治家として、いずれも目覚ましい実績を上げた彼の人生は「賊軍」出身というレッテルから始まった。世界を見る目を養い、...
収録日:2024/09/26
追加日:2024/11/20
神藏孝之
公益財団法人松下幸之助記念志財団 理事
2

国の借金は誰が払う?人口減少による社会保障負担増の問題

国の借金は誰が払う?人口減少による社会保障負担増の問題

教養としての「人口減少問題と社会保障」(4)増え続ける社会保障負担

人口減少が社会にどのような影響を与えるのか。それは政府支出、特に社会保障給付費の増加という形で現れる。ではどれくらい増えているのか。日本の一般会計の収支の推移、社会保障費の推移、一生のうちに人間一人がどれほど行...
収録日:2024/07/13
追加日:2024/11/19
森田朗
一般社団法人 次世代基盤政策研究所(NFI)所長・代表理事
3

だべったら生存期間が倍に…ストレスマネジメントの重要性

だべったら生存期間が倍に…ストレスマネジメントの重要性

新しいアンチエイジングへの挑戦(1)患者と伴走する医者の存在

「百年健康」を旗印に健康寿命の延伸とアンチエイジングのための研究が進む医療業界。そうした状況の中、本職である泌尿器科の診療とともにデジタルセラピューティックス、さらに遺伝子を用いて生物としての年齢を測る研究など...
収録日:2024/06/26
追加日:2024/10/10
堀江重郎
順天堂大学医学部・大学院医学研究科 教授
4

石破新総裁誕生から考える政治家の運と『マカーマート』

石破新総裁誕生から考える政治家の運と『マカーマート』

『マカーマート』から読む政治家の運(1)中世アラブの知恵と現代の日本政治

人間とりわけ政治家にとって運がいいとはどういうことか。それを考える上で読むべき古典がある。それが中世アラブ文学の古典で教養人必読の書ともいえる、アル・ハリーリー作の『マカーマート』である。巧みなウィットと弁舌が...
収録日:2024/10/02
追加日:2024/10/19
山内昌之
東京大学名誉教授
5

遊女の実像…「苦界と公界」江戸時代の吉原遊郭の二面性

遊女の実像…「苦界と公界」江戸時代の吉原遊郭の二面性

『江戸名所図会』で歩く東京~吉原(1)「苦界」とは異なる江戸時代の吉原

『江戸名所図会』を手がかりに江戸時代の人々の暮らしぶりをひもとく本シリーズ。今回は、遊郭として名高い吉原を取り上げる。遊女の過酷さがクローズアップされがちな吉原だが、江戸時代の吉原には違う一面もあったようだ。政...
収録日:2024/06/05
追加日:2024/11/18
堀口茉純
歴史作家