社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
維新前夜の長州藩に「防衛」意識を育てた男
Jアラートなき時代の国防意識
2017年8月29日朝、Jアラートが鳴り響き、日本列島全体が「北」からのミサイル危機を感じる機会が増えてきました。しかし、歴史をさかのぼれば、幕末期の黒船来航以前から国防意識を持ち、危機に備えようと考える藩はあったのです。長州藩です。幕末から明治にかけて多くの維新の雄を生み出し、近代日本精神の礎の大半を築いたのが、長州藩士のメンタリティといってもよいかもしれません。そんな幕末から明治にかけての長州藩士の動きを、意外な学者が追いかけています。中東・イスラム事情や国際政治が専門の歴史学者・山内昌之氏です。山内氏の目に映った幕末長州を、国防の視点から見るとどうなるのでしょうか。
長州藩に「地政学」を根付かせた男
幕末長州の最も大きなポイントは「地理的なロケーション」だと山内氏は言います。現在の言葉では「地政学」とも置き換えられるでしょう。海をはさんで半島や大陸に最も近いのが長州と周防(現・山口県)。外に向ける意識が高かったのは、長い歴史に育まれた成果に相違ありません。外に向ける意識とは、「海の向こうから敵が攻めてきたらどうしようか」という安全保障に対する問題意識です。江戸時代を通じて日本人にこの意識がきわめて弱かったのは、鎖国によって守られているという共通認識があったからかもしれません。
そんな中で、「いつ外国船が攻めてくるか分からない」と言い出したのが、長州藩家老の村田清風です。この人物がいなければ、幕末から明治にかけての様相も変わっていたに違いないと山内氏は見ています。
アヘン戦争を通じて外国の脅威を知る
臣下の進言を素直に聞き入れることから「そうせい候」と呼ばれた長州藩主・毛利敬親のもと、彼は藩の重役になります。外国船への脅威を語ったのはその時で、「軍事技術の習得」「外国に対する防備の徹底」を説きました。進言は受け容れられ、対外防備を主眼とする大規模な操練(軍事訓練)が行われるようになりました。大陸に近い長州藩の国防意識は武士だけでなく庶民の間でも高まり、海岸防備の訓練は、後に高杉晋作が率いる「奇兵隊」にもつながったといわれています。
清風が外国の脅威に目覚めたのは、なんといっても1840年から42年にかけておこったアヘン戦争にありました。イギリスが清(中国)に仕掛けた、歴史上「最も愚劣」と呼ばれる策略です。彼の第一の実績といわれる「天保の藩政改革」がアヘン戦争と同時に始まっているのは、決して偶然ではありません。
国防論、松陰を通じて全国に波及
清風は黒船来航(1853年)の2年後に亡くなりますが、安全保障や国防に対する意識は多くの人に継がれました。その代表的人物が、吉田松陰です。松陰は、他の長州藩士と同様、日本海を強く意識していました。日本海に浮かぶ島のなかでも、とりわけ無人島である竹島に着目したといわれます。ややこしいことに、当時「竹島」と呼ばれていたのは現在の鬱陵島で、「松島」と呼ばれていたのが現在の竹島です。松陰が「鬱陵島には人が住んでいない」と主張し、その開発に強い関心を向けたことを、山内氏は安全保障の意識の表れと解説しています。
きっと松下村塾の中で、熱い議論が交わされたことでしょう。松陰が伝えた国防意識は、塾生を通じて藩外にまで波及していきます。現在では明治維新の精神的指導者といわれる松陰が、たった11歳で藩主に進講したことは伝説になっていますが、その周旋を買って出たのも家老・清風でした。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。
『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
グローバル主義が全ての元凶…トランプ政権がめざすのは?
米国システムの逆襲~解放の日と新世界秩序(1)米国システム「解放の日」
第二次トランプ政権は、その関税政策を発動させた日、4月2日を「解放の日」と称した。そこには、アメリカが各国の面倒を見るという第二次世界大戦以降の構図が、アメリカに損害をもたらしているという問題意識がある。「解放の...
収録日:2025/04/25
追加日:2025/05/20
「哲学・歴史」と「実証研究」の両立で広い視野をつかむ
デモクラシーの基盤とは何か(3)政治と経済を架橋するもの
「政治経済」と一口にいっても、両者を結びつけて思考することは簡単ではない。政治と経済を架橋するためには、その土台にある歴史や哲学、また実証的なデータを同時に検討する必要がある。これからの公共性を考えるための多角...
収録日:2024/09/11
追加日:2025/05/23
トランプ政治と民主主義の危機…カント哲学から考える
編集部ラジオ2025(9)デモクラシーの危機と「哲学」
いま、世界各国で「デモクラシーの危機」が高まっています。これまでの常識を超えたドラスティックな政策を次々と打ち出す第2次トランプ政権はもちろん、欧州各国の政治状況もポピュリズム的な面を強くしています。また、ロシア...
収録日:2025/04/03
追加日:2025/05/22
日本のインテリジェンスは大丈夫か…行政機関の対応に愕然
医療から考える国家安全保障上の脅威(4)国家インテリジェンスの課題
「日本のインテリジェンスは大丈夫なのか」という声が海外から聞かれるという。例えば北朝鮮のミサイルに搭載されている化学剤について、「エイジング」と呼ばれる拮抗薬投与までの制限時間の観点からはまったく見当違いの神経...
収録日:2024/09/20
追加日:2025/05/22
ブレーキなき極右ポピュリズム…文化戦争を重視し経済軽視
第2次トランプ政権の危険性と本質(1)実は「経済重視」ではない?
「第二次トランプ政権は、第一次政権とは全く別の政権である」――そう見たほうが良いのだと、柿埜氏は語る。ついつい「第1次は経済重視の政権だった」と考えてしまいがちだが、実は第2次政権では「経済」の優先順位は低いのだと...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/05/10