社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
福沢諭吉と対比される中国の思想家・胡適とは?
明治維新後、日本人の意識を一新させたのは福沢諭吉による『学問のすすめ』。1872(明治5)年から1876(明治9)年にかけて出版されたシリーズは合計300万部以上売れ、国民の10人に1人が買った勘定になるといいます。
そこに書かれていたのは、儒教思想に縛られていた前近代から脱出して、広い世界に目を向けようということ。西洋では日本人の知らない価値観が主流をなし、それによる主義思想が展開されているということでした。一言でいえば「啓蒙」。西洋と東アジアが遭遇したときの啓蒙家として、日本の福沢諭吉に対比されるのが、中国の胡適 (こてき)です。二人の共通性と違いについて、東京大学東洋文化研究所副所長の中島隆博氏が紹介しています。
それぞれ時代は異なるものの、長く封建思想に押さえつけられてきた母国に最も必要なのは、西洋が宗教戦争や革命を機に築き上げてきた「啓蒙思想」による「理性」だと二人は考えました。しかし、長らくキリスト教を背景としてきたヨーロッパの思想では、内面を持つ個人の「内面のあり方」が非常に尊重されます。
「キリスト教に相当するような蓄積が東アジアにはない」ということに二人は気づき、ともに「軽い啓蒙」(ライトなエンライトメント)へと向かっていきます。
もともと「神のいない」中国にとって、この思想はとても好都合でした。胡適は恩師デューイを中国に招聘し、デューイも五・四運動真っ只中の中国を気に入り、2年間の滞在でプラグマティズムを講義します。
福沢諭吉がプラグマティズムに接近した形跡はありませんが、彼の持つ哲学がある種「プラグマティック」であることは、丸山眞男にも指摘されています。二人が目指した軽い啓蒙と「人間が行為して、なしたもの」という原意を持つプラグマティズムは、非常に密接だと中島氏は解説します。
実際にダーウィンが述べたのは「物事が変化して別の形をとるのに、決まった目的はない」ということでした。言い換えれば「目的のない変化」ですから、強い因果律の設定は必要ない、とデューイは受け取りました。それゆえ彼の思想は「この世界は偶然性に開かれていて、さまざまな変化の可能性がある」「特に人間の行為や行動は、そうした変化にふさわしい」と発展していきます。
胡適はその後、第一次世界大戦の徹底的な破壊を目の当たりにして、西洋の科学技術文明に限界を感じます。そして、キリスト教に代わる精神的支柱として、封建思想の象徴であった儒教を見直すようになるのです。アメリカ留学、辛亥革命、日中戦争、国共内戦、アメリカ亡命と席の温まる暇のなかった思想家、胡適。その生涯は偶然性と変化の連続でした。
そこに書かれていたのは、儒教思想に縛られていた前近代から脱出して、広い世界に目を向けようということ。西洋では日本人の知らない価値観が主流をなし、それによる主義思想が展開されているということでした。一言でいえば「啓蒙」。西洋と東アジアが遭遇したときの啓蒙家として、日本の福沢諭吉に対比されるのが、中国の胡適 (こてき)です。二人の共通性と違いについて、東京大学東洋文化研究所副所長の中島隆博氏が紹介しています。
激震の時代の後の国民精神形成のために
福沢諭吉が生涯を捧げたのは、明治維新後の廃藩置県で初めて生まれた「日本人」の国民精神を形成することでした。そして胡適もまた辛亥革命後の中国において、新しい中国人精神を模索するため、白話(口語体)運動などに取り組み、北京大学で教鞭をとって、「五・四運動」のオピニオンリーダーとなりました。それぞれ時代は異なるものの、長く封建思想に押さえつけられてきた母国に最も必要なのは、西洋が宗教戦争や革命を機に築き上げてきた「啓蒙思想」による「理性」だと二人は考えました。しかし、長らくキリスト教を背景としてきたヨーロッパの思想では、内面を持つ個人の「内面のあり方」が非常に尊重されます。
「キリスト教に相当するような蓄積が東アジアにはない」ということに二人は気づき、ともに「軽い啓蒙」(ライトなエンライトメント)へと向かっていきます。
「神のいない」東アジアを啓蒙したプラグマティズム
胡適は辛亥革命の起こる前年から8年間アメリカに留学し、最初は農業、次にジョン・デューイのプラグマティズムを学んでいます。1910年代にあって最も進歩的で民衆に近いとされた彼の思想は、ヘーゲルの影響を受けながらも、より人間的な経験と反省の世界に引き戻すもの。ドイツ観念論が神に向かったのに対し、「神なしでも、この世界は語ることができる」とするものでした。もともと「神のいない」中国にとって、この思想はとても好都合でした。胡適は恩師デューイを中国に招聘し、デューイも五・四運動真っ只中の中国を気に入り、2年間の滞在でプラグマティズムを講義します。
福沢諭吉がプラグマティズムに接近した形跡はありませんが、彼の持つ哲学がある種「プラグマティック」であることは、丸山眞男にも指摘されています。二人が目指した軽い啓蒙と「人間が行為して、なしたもの」という原意を持つプラグマティズムは、非常に密接だと中島氏は解説します。
「偶然性と変化の連続」の思想家と実践者
デューイのプラグマティズムは、ダーウィンの「進化論」に深く影響されたものでした。進化論といえば「適者生存」の法則から、「人間が進化や進歩の頂点にいる」ことの証明と受け取っている人も多いのですが、これは全くの誤解で、進化と進歩の混同でもあります。実際にダーウィンが述べたのは「物事が変化して別の形をとるのに、決まった目的はない」ということでした。言い換えれば「目的のない変化」ですから、強い因果律の設定は必要ない、とデューイは受け取りました。それゆえ彼の思想は「この世界は偶然性に開かれていて、さまざまな変化の可能性がある」「特に人間の行為や行動は、そうした変化にふさわしい」と発展していきます。
胡適はその後、第一次世界大戦の徹底的な破壊を目の当たりにして、西洋の科学技術文明に限界を感じます。そして、キリスト教に代わる精神的支柱として、封建思想の象徴であった儒教を見直すようになるのです。アメリカ留学、辛亥革命、日中戦争、国共内戦、アメリカ亡命と席の温まる暇のなかった思想家、胡適。その生涯は偶然性と変化の連続でした。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
“社会人学習”できていますか? 『テンミニッツTV』 なら手軽に始められます。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。
『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?
内側から見たアメリカと日本(1)ラストベルトをつくったのは誰か
アメリカは一体どうなってしまったのか。今後どうなるのか。重要な同盟国として緊密な関係を結んできた日本にとって、避けては通れない問題である。このシリーズ講義では、ほぼ1世紀にわたるアメリカ近現代史の中で大きな結節点...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/10
近代医学はもはや賞味期限…日本が担うべき新しい医療へ
エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(3)医療の大転換と日本の可能性
ますます進む高齢化社会において医療を根本的に転換する必要があると言う長谷川氏。高齢者を支援する医療はもちろん、悪い箇所を見つけて除去・修理する近代医学から統合医療への転換が求められる中、今後世界の医学をリードす...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/19
知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方
人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/16
「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ
「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造
宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
宇宙の理法――松下幸之助からの命題が50年後に解けた理由
徳と仏教の人生論(1)経営者の条件と50年間悩み続けた命題
半世紀ほど前、松下幸之助に経営者の条件について尋ねた田口氏は、「運と徳」、そして「人間の把握」と「宇宙の理法」という命題を受けた。その後50年間、その本質を東洋思想の観点から探究し続けてきた。その中で後藤新平の思...
収録日:2025/05/21
追加日:2025/10/24


