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DATE/ 2021.07.06

『文部科学省』から迫る「日本の教育」の失敗

「日本の教育」という言葉を耳にしたとき、その未来は明るいと感じる人はどれだけいるのでしょうか。遅れに遅れた英語教育、あるいはIT教育。過労死レベルの労働を課される学校の先生たち。受験生と関係者を混乱に陥れた挙げ句、結局頓挫した大学入試改革。国立大学の予算はゴリゴリ削られていき、後輩の育成に憂いを示す日本のノーベル賞受賞者たち。そして、教育格差や隠蔽される〝いじめ〟など、あらゆる側面で暗雲が立ちこめるようなニュースが連日のように流れています。渦中にいる人であればあるほど、日本の教育界、あるいは学術の世界が先細りしてゆく状況に頭を痛めているというのが現実かもしれません。

 東北大学大学院教育学研究科・教育学部教授である青木栄一先生の著書『文部科学省 揺らぐ日本の教育と学術』(中公新書)では、どうして日本の教育と学術分野が、こんなにどんよりした状況になってしまったのかを、「文部科学省」のあり方をひも解くことで解明していく一冊となっています。

義務教育を通じて身近な省庁・文科省

 文部科学省(文科省)は教育、科学技術、スポーツ、文化の振興といった、大きく4つの分野を中心に、さまざまな役割を担っている行政機関です。2001年に、文部省と科学技術庁が統合してできたもので、日本国民であれば義務教育を通じて、幼少期は最も身近な官庁といえるのかもしれません。

 ではなぜ、日本の教育、学術の世界は揺らいでしまったのでしょうか。また、文科省はどうしてその揺らぎを止められなかったのでしょうか。そして、どうしたら安定を取り戻すことができるのでしょうか。

 ここで求められる答えは、たとえば、「〝三流省庁〟と呼ばれて発言力のない文科省」「学閥によって人員に幅がない官僚組織」「長年放置された教育委員会の再編成」といったことなのかもしれません。しかし、ここで上っ面だけを語り、<ざっくり><お手軽に>、〝わかったこと〟にしてしまうのは、本書の趣旨に大きく反していることです。

語られる〝失敗〟の素因

 本書の構成は1章から終章まで6章に分かれています。1章は組織の構造、2章は文科省で働く職員、3章では予算、4章では義務教育について、5章は大学の人材教育、終章はまとめと展望です。各章で語られる内容は非常に濃密です。

 文科省の組織体系とその歴史と変遷、財務省VS文科省の予算削減に対する防衛合戦、大学と経済界との関係、二つの省庁が統合したはずなのになぜか霞ヶ関で一番人員が少ない省庁になっていること、法人化された国立大学の現状、海外の有名校と比較した母校への献金額、地方の教育委員会と文科省の関係性、優秀な学生が海外から来ない理由……などなど、とてもここでは書き切れないほどたくさんの事象が語られています。それは、文科省が手がける分野の広さにも関係があり、その分、語られる内容も多岐にわたるといえるかもしれません。

 本書の帯には、「失敗ななぜ繰り返されるのか」という文言が大きく書かれています。この〝なぜ〟についてはぜひ本書を読んでいただきたいのですが、上に書き切れなかった事象も含め、すべてがつながり、連鎖していくかのごとく感じられるので、自然と〝なぜ〟の意味になっていきます。

経済成長に結びつきにくい教育・学術・科学技術

 1から5章までで、さまざまな問題点が解説されたのち、終章では「日本の教育・学術・科学技術のゆくえ」ということで、現状のまとめとともに、どう改善してゆけばいいのか、著者・青木先生の考えが述べられています。その冒頭、青木先生は「少子高齢化や税収不足で社会保障費や国債費がますます増え、『明日のパン』に事欠く人々が増えた社会では、すぐに経済成長に結びつきにくい教育・学術・科学技術は削減対象になりやすい」と語っています。

 昨今、時短やコストパフォーマンスといったことが重要視されています。最近、1.5倍速で映画を見たり、YouTubeで見て内容を把握したつもりになるという人が多いことが話題になりました。こうしたスピード重視、即座に結果や成果を求めることが当たり前になりつつある社会のなかで、教育・学術・科学技術の価値はどうなるのでしょうか。教育は一朝一夕で結果や成果の出るものではありません。研究者のなかには、何十年もかけて一つの真理にたどりつこうとする人もいます。しかし、それは現代社会において〝手早く成果(またはお金)にならないこと〟になりつつあるのです。

「間接統治」の仕組みに立ち向かうために

 また同時に本書では、文科省を通じた「間接統治」についても触れています。地方自治体の自立性が高まった今、地方政治には官邸主導が及びにくい構造になっています。これに対して青木先生は「教育については文科省が教育委員会をしっかり掌握し、学術・科学技術を担う国立大学も文科省が『直轄』している。そのため、文科省を通じた『間接統治』がうまく機能しやすい」ため、「これほど効率的な『間接統治』の仕組みは簡単には変わらない」と語っています。

 そこで青木先生が提案するのは「文科省に対して専門的知識を蓄積し、文科省を応援する『シンクタンク』のような主体が多数必要である」ということで、文科省、政治家、業界関係者、学界、マスコミ、産業界が少しずつ協力し合えば、状況を変えてゆけるというのです。しかし、それもやはり一朝一夕でなせることではありません。ということは、今の日本の教育や学術のために必要なのは、じっくりと時間をかけて考え、議論することではないでしょうか。本書はその一助となる貴重な一冊といえるでしょう。

<参考文献>
『文部科学省 揺らぐ日本の教育と学術』(青木栄一著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2021/03/102635.html

<参考サイト>
・青木栄一先生のゼミのページ
https://www2.sed.tohoku.ac.jp/cgi-bin/psced_wiki/wiki.cgi?page=%C0%C4%CC%DA%B1%C9%B0%EC%A5%BC%A5%DF

・青木栄一先生のページ(リサーチマップ)
https://researchmap.jp/read0124718/
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