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DATE/ 2024.08.06

メンタルヘルスのケア…心のつらさの原因と具体的な対応とは?(斎藤環先生)


目次 そもそも「心を病む」とはどういうことか
なぜ職場の「PDCA」が心の不調を招いてしまうのか?
「マイクロアグレッション」とは?~無自覚な攻撃性の怖さ
「ワークライフバランス」がプレッシャー?…仕事と家庭の両立をどうする
もし身近な人がメンタルを痛めてしまったら?~その対処法
    ・「オープンダイアローグ」~対話するだけで回復してしまう方法とは?

 いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です。

 メンタルヘルスの不調を抱えることは、現代社会においては、けっして特別なことではありません。だからこそ、「自分自身で、心の健康状態が気になるときは、どうするか」、あるいは「周りの人でメンタル的に少し心配なことがあったら、どのように対応すべきか」を知っておくことが、とても重要です。

 そもそも「心を病む」とは、どのようなことなのでしょうか。なぜメンタル面での不調に陥ってしまうのか。そして、どのように向きあえば良いのか。

 テンミニッツTVでは「メンタルヘルスの現在地とこれから」について、斎藤環先生(精神科医/筑波大学名誉教授)に基礎の基礎から教えていただきました。

 とかくメンタルヘルスの問題は、ちょっとした意識の違いや、考え方におけるボタンの掛け違いからも起こってしまいがちなもの。だからこそ、知っておきたいことを、とてもわかりやすくご解説いただいています。このコラムでは、斎藤先生の講義のさわりを紹介します。

◆斎藤環先生:メンタルヘルスの現在地とこれから(全6話)
(1)「心を病む」とはどういうことか
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5382

そもそも「心を病む」とはどういうことか


 まず、とても基礎的なことですが、「心を病む」とは、どういうことなのでしょうか。そのことについて、斎藤先生は次のようにおっしゃいます。

《かつては「心を病む」というのは脳に問題があって、さまざまな言動に異常が生じるという考え方が主流でした。しかし最近、その辺の見方が大幅に変わりました。最近の見方は、心の病というものは個人にも要因はあるかもしれないけれど、個人の要因と環境要因──社会、家族、人間関係など──の相互作用の中で起こってくる、さまざまな不都合を「心の病」と呼ぶという認識に変わりつつあります》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5382

 つまり、かつては「個性」と思われていたものも、もしそれが周囲の人と軋轢を起こしたり、日常生活や業務に支障を来したりするようなことが起こってくれば、それは病気として治療対象になってしまうこともありうる。そういう意味では、昔よりも病気として検出されやすい人が増えたかもしれない――そう斎藤先生はおっしゃいます。

 たしかに、「個人の要因と環境要因の相互作用の中で起こってくる不都合」が「心の病」だとすれば、環境要因次第で誰にでも起こりうることといえましょう。

 では、どのような環境要因が問題を起こしやすいのでしょうか。

なぜ職場の「PDCA」が心の不調を招いてしまうのか?


 最近では、パワハラや(パワーハラスメント)やセクハラ(セクシャルハラスメント)とはどのようなものかも、よく知られるようになりました。そのようなハラスメントがあった場合に心の不調に追い込まれてしまいがちであることは、ある意味では、もはや常識といえましょう。

 しかし、そのような明らかに厳しい状況ではなくとも、心の不調を招いてしまうことがあります。むしろ、明確な悪意や問題意識がない分、そちらのほうがより広範に問題の「根」になってしまいかねません。

 たとえば、職場では「PDCA(Plan、Do、Check、Action)を回しなさい」ということが、よくいわれますが、それも精神的なつらさを招く一因になっているといいます。

「PDCA」とは、プランを立て、実行し、チェックして、次のアクションにつなげることを指します。このサイクルを繰り返すことで、どんどん自分の仕事の内容を磨きあげ、スキルを上げていこうということです。なぜ、それが心の不調を招いてしまうのか

 斎藤先生は、こうおっしゃいます。

《かつて、特に高度成長の時代には、一所懸命働いて企業に尽くし、出世して家を建てて…というような出世のイメージがあったと思います。しかし、昭和世代と違って平成以降生まれの人々は、日本の社会が不況の状況で生まれてきて、思春期をそこで過ごしています。ですから、「社会がこれからよくなっていく」というイメージは到底持てないのです。
 それから、就労の不安はもちろん抱えていますが、特異なのは「あまり出世したくない」という人が最近増えていることです。そういう意味では、それこそ「PDCAを回し、どんどん自分のスキルをアップして、会社の中で頭角を現す」というイメージをよしとしない人々が多いことになる。上司としては「それがいいに決まっている」という先入観で言うのですが、受け取る側としては「そういう人生はちょっと自分の肌に合わない」とか、「そちらは目指していない」などのギャップが生じやすくなっていると思います。ですから、そこで病んでしまう人間が増えてきているということはあると思います》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5382

 昭和世代からすれば、驚くような意識のギャップですが、このギャップは、じわじわと問題を深刻化させかねません。

 しかし、たとえば企業としては常に株主などから業績アップを求められるものでもあり、毎期の目標に応じて、個々人にノルマも課せられるのが世の常です。そのようななかで「PDCAを回して、実力を高めてください」といえないとすると、どうすればいいのか。

 このことについても、斎藤先生は具体的に教えてくださいます。

《注意するときもそうなのですが、人格レベルで干渉されるのを非常に嫌がるのです。「おまえは人として成長すべきだ」というのは、非常に嫌な助言なのです。そうではなく、「このタスクをこなしてくれ」というのは楽なのです。
 だから、ミスを注意するときも、「この点はまずい」というのはいいのですが、「おまえ、いつもこうだね」というような人格批判になってしまうと、とたんにストレスが倍増してしまう。この辺は、よくいう言い方で「総論イエス、各論ノーで行け」といわれています。
 その人をトータルとしては肯定するけれど、個別の行動や、タスクをこなせなかったミスなどについては、きっちり注意して構わない。その辺りをちゃんと分けないとハラスメントになってしまうという話です》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5382

 また、事業の戦略などを決めるときも、裏で画策するのではなく、手の内を全部見せていくほうが、納得感の高い仕事につながるといいます。

 注意はいいが、人格レベルでの干渉は不可。クローズドで決めるのではなく、手の内を見せながら決めていく。このあたりは、非常に重要なポイントでしょう。それを意識しているかどうかで、コミュニケーションの方法も変わってきます。

「マイクロアグレッション」とは?~無自覚な攻撃性の怖さ


 続いて斎藤先生は、「マイクロアグレッション」についてご解説くださいます。「マイクロアグレッション」とは「小さい攻撃性」のことです。ハラスメントまでは行かないけれど、微妙にマウンティングしてきたり、嫌味を連発したり、自分の昔話を引き合いに出して説教したり……。そういうものが積もり積もると、ハラスメント同然のストレスになってしまうのです。

 この「マイクロアグレッション」のややこしいところは、それを発している人たちは、無自覚であることが多いことです。

 斎藤先生曰く、「1980年代から1990年代初頭にかけては、ハラスメント=コミュニケーションでした」。つまり、昭和の時代においては、あえてちょっかいを出したり、議論を吹っ掛けたりして、相手との距離をつめるようなコミュニケーションをすることが「一人前の男のやること」といわれるケースも多かったのです。

 しかし、それはいまの世では「ハラスメント」になってしまいます。では、どうすればよいのでしょうか。

 斎藤先生は、「とにかく対話ができるようにしていただきたい」とおっしゃいます。対話とは、議論、説得、アドバイスなどを一切しないで、普通のおしゃべりをつないでいくことです。また対話は、上下関係にこだわらず、フラットに行なわれるべきものでもあります。

 では、「対話」は具体的にどうすべきか。また、昭和的な価値観、平成的な価値観、令和的な価値観といった世代の違いをどうするか。そのあたりについては、ぜひ講義の第2話、第3話をご覧ください。
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5383
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5384

「ワークライフバランス」がプレッシャー?…仕事と家庭の両立をどうする


 もう一つ、現代において大きなストレスになりうるものが「仕事と家庭のバランス」です。

 昭和の「夫は仕事、妻は専業主婦」というあり方であれば、夫妻で「棲み分け」もできました。しかし、夫妻のいずれもが仕事と家庭を両立させなければならなくなると、「考えなくてはいけないこと」「考えるべきこと」も増えます。これがストレスにつながるのです。

 斎藤先生は「いまは過渡的な状況だと思うので、これからだんだん定着していけば、そういった悩みも減ると思います」とおっしゃいます。たしかに、「どうすべきか」といちいち考えなければならないのはストレスですが、「そういうものだ」と定着してしまえば、判断ははるかに楽になります。

 では、会社や社会として、どのようにしていけば過渡期をより「楽」にできるのか?

 そのことについて、斎藤先生はこうおっしゃいます。

《変化を早く進めるときには、どこかで一度、義務化しないと難しいと思います。育休を取らせない会社にはペナルティがあるぐらいの感じですね。
 例えば、私の専門領域に障害者雇用がありますが、今は企業ごとに枠があって、これを達成しないとペナルティがあるという状況になって、やっと広がってきているということがあります。どこかにこういう部分がないと、定着もしないし、広がらないのではないかということを考えています。
 そういった意味では、政策がまず先行していて、それが義務化され、気がついたら常識になっているというような状況が一番いいのかと思っています》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5384

 四の五の考えたり、周りに合わせることばかりを気にするより、断行してしまったほうがいい。ここも、まことに大切なところでしょう。

もし身近な人がメンタルを痛めてしまったら?~その対処法


 では、実際に身近な人がメンタルを痛めてしまった場合、周りの人はどのように対処すればいいのでしょうか。

 メンタルヘルスの領域では、予防には3種類あるといいます。

◆一次予防⇒病気の発症を防ぐこと、健康づくり。

◆二次予防⇒早期発見、早期治療。

◆三次予防⇒発症し、回復後に行なうリハビリテーション、再発防止、社会復帰の機能を回復・維持すること。

 続いて、職場など周りがなしうるケアが4つあります。

◆セルフケア⇒自分自身がストレスに気づき、予防対処する。

◆ラインによるケア⇒管理監督者が職場環境を改善したり、相談対応を行なう。

◆事業場内産業保健スタッフ等によるケア⇒職場の産業保健スタッフが心の健康づくりを提言・推進する

◆事業場外資源によるケア⇒事業場外の機関や専門家を活用し、その支援を受ける。

 ここは、置かれた環境によって、対処が変わってくるところです。

 どうしても、メンタルヘルスで不調に見舞われると、「会社からマイナスの目に逢うのではないか」などといった心配がもたげてくるものです。いまは「話したら偏見を持たれる」「不利な扱いを受ける」というのは、あってはならないことです。むしろ上司は、部下などのメンタルヘルスに常に心を配って相談に乗り、何らかの不調があったら、産業医などにつながなければなりません。

 しかし、もしメンタルダウンに対して、まったく理解がない会社だったら……。

 そのときは「いきなり『事業場外資源によるケア』をあてにする」、つまり、外部のクリニックや病院に通院するのがよいと斎藤先生はおっしゃいます。幾度か診察してもらって、診断書を書いてもらい、それを郵送で会社に送りつけるのがよいとおっしゃいますが、その具体的な方法論は、ぜひ講義の第4話をご覧ください。
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5385

 一方で、周りの人も「素人診断のようなことは、できるだけしないほうがいい」と斎藤先生は強調します。

 現代では、ネット情報やテレビ等を通じて、新型うつ病や発達障害に関する知識も増えています。診断ツールのようなものもあります。しかし、それで素人診断をしてしまっては、ただただ混乱のもととなってしまいます。

 また、「励ましてはいけない」とか「承認をすることが重要だ」などということもよくいわれます。しかし、それについても斎藤先生は、次のようにおっしゃいます。

《極論をすれば、普通に対話できていればいいと私は思っています。あまり疾患ごとの知識を増やして、「よい対応をしましょう」と考えすぎると、かえってギクシャクしたり、やりづらくなってしまったりすると思います。日常的な対話を重視するということで十分かと思っています》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5385

 素人としてはとにかく考えすぎないこと、そして少しでも困ったら専門家の力を借りることが重要ということでしょう。

 さらに斎藤先生は、「新型うつ」や「発達障害」への対処法も教えてくださいますが、それについては、ぜひ講義の第5話をご参照ください。
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5386

「オープンダイアローグ」~対話するだけで回復してしまう方法とは?


 斎藤先生は、最後に「オープンダイアローグ」という手法の有効性について、お話しくださいます。

 オープンダイアローグとは、文字通り「オープンな対話」です。2、3人の治療チームと、クライアントと家族のチームで「チーム対チーム」のように話し合う手法です。治療法をどうするかなど大事なことを、すべて本人同席でオープンに対話して決定するのです。

 その場では、いろいろな意見が出てきてかまわない。「誰に対しても説得しない、議論しない、アドバイスしない」というルールを守って、話に参加していく。そのように「対話」をしたうえで、議論を行なうと、ただ多数決の議論をするよりも、もう少しまともな結論が出やすいといいます。

 斎藤先生によれば、このオープンダイアローグは非常に有効で、いままでは薬と入院しか治療法のなかった疾患が、対話するだけで回復してしまうということがわかってきて、全世界に非常にショックを与えたといいます。

 この手法を、治療などの場だけでなく、職場などで実践できれば、若い世代も乗って来やすいし、いろいろな知恵もくみ取りやすくなるのです。

 この手法の詳細については、講義第6話でご解説いただいています。
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=5387

 メンタルヘルスを取り巻く状況と対処法の勘所が、とてもクリアに見えてくる講義です。ぜひご覧ください。

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
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