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自衛艦隊司令官が分析するレイテ沖海戦の謎
「歴史に『もしも』は許されない」と言います。しかし、ケーススタディはその限りではありません。とりわけ意思決定プロセスを用いた分析の場合、「歴史上の人物」を素材にすることはたいへん役立つことがわかっています。
例えば、第二次大戦中の昭和19(1944)年、レイテ沖海戦において、第一遊撃部隊で指揮官を務めた栗田海軍中将が自分だったら?
そこに意思決定プロセスを当てはめて分析しているのが、海上自衛隊自衛艦隊司令官の山下万喜氏です。
作戦支援の一部として、小沢艦隊が囮となってハルゼーの第三艦隊を北方に誘因し、第一遊撃部隊のレイテ突入を助けることになっていました。しかし、その成否は栗田長官のもとに届いていなかったのです。
まず、このときの栗田長官の使命を確認してみましょう。昭和19年7月の「作戦指導大綱」と「連合艦隊決戦要領」によれば、第一遊撃部隊の使命は「敵の継戦企図を破摧するため、25日黎明時レイテ湾のタクロバン方面に突入、先ず所在海上兵力を撃滅、次で敵攻略部隊(主に輸送船団)を殲滅す」というものでした。
次に情勢分析としては、先に挙げた悪条件や敵機動部隊という新情報のほかに、直前の台湾沖航空戦で戦闘機を多数損失し、航空機の支援が得られなかったことが加えられます。これらが長官の判断材料として働いたことは間違いありません。
敵機動部隊に攻撃の意図があれば、第一遊撃部隊との艦隊決戦となり、双方に大きな被害が出て、レイテ湾突入が困難になります。一方、敵機動部隊に攻撃の意図がなければ、第一遊撃部隊は付近に所在する艦艇部隊や航空機などと戦い、残余の兵力でレイテ湾に突入することが予測されます。次に、第一遊撃部隊が反転して敵艦隊と決戦するとしたならば、第一遊撃部隊に被害が出るか出ないかの差はあるものの、いずれの場合も使命達成はできなくなります。
まずスィータビリティにおいては、レイテ湾突入を継続する方が明らかに作戦目的に合致しており、使命を達成することができます。次のフィージビリティについては、レイテ湾突入の場合は、敵の攻撃意図の有無にかかわらず敵との開戦になり、かなりの被害が予想され、使命達成は極めて困難になると思われます。敵艦隊との決戦の場合は、先方の攻撃意図の有無により被害に多少の差はあるものの、可能性はあります。最後のアクセプタビリティに関しては、レイテ湾突入の場合、第一遊撃部隊がほぼ全滅しても、敵の輸送船団などに被害を与え、揚陸阻止に寄与できると考えられます。一方、敵艦隊との決戦を選択した場合には、敵の上陸・陸揚げを許すことになります。
これらを総括すると、使命達成や実現可能性などの観点から考えて、レイテ湾突入の継続が最善の策になるのではないか、と山下氏は分析しています。
しかし連合艦隊司令部による攻撃目標は、敵主力部隊ではなく輸送船団でした。意思決定の入り口である「使命の分析」を誤ったことが、先述のように長官の判断につながったと、山下氏は分析しています。
指揮官の一般的な意思決定プロセスは、「使命の分析」→「情勢の分析及び彼我方策の見積り」→「彼我方策の対抗・評価」→「意思決定」の4段階で機能します。最初の「使命の分析」の段階で自らの使命を見誤ると、意思決定プロセスそのものが機能せず、誤った判断に陥ることが往々にしてあります。情報過多の現代にこそ、肝に銘じたいことですね。
例えば、第二次大戦中の昭和19(1944)年、レイテ沖海戦において、第一遊撃部隊で指揮官を務めた栗田海軍中将が自分だったら?
そこに意思決定プロセスを当てはめて分析しているのが、海上自衛隊自衛艦隊司令官の山下万喜氏です。
軍事の意思決定プロセスは4段階
四つの海戦で構成されるレイテ沖海戦のうち、第一遊撃部隊が臨んだのは、四番目であるサマール沖海戦です。第一遊撃部隊のレイテ湾突入は、アメリカのフィリピン上陸を阻止するため、南方の西村部隊・志摩部隊と呼応し、昭和19(1944)年7月25日11時決行と決められていました。しかし、この2部隊はすでに全滅もしくは退却を余儀なくされており、第一遊撃部隊にとって決して好条件だったとは言えません。作戦支援の一部として、小沢艦隊が囮となってハルゼーの第三艦隊を北方に誘因し、第一遊撃部隊のレイテ突入を助けることになっていました。しかし、その成否は栗田長官のもとに届いていなかったのです。
作戦直前に入った「北方に敵機動部隊あり」の情報
そんななか、友軍より「北方に敵機動部隊あり」の情報が入ります。後にこの情報は誤りだったことが判明するのですが、この時点で、彼はどのように判断を下していったのでしょうか。まず、このときの栗田長官の使命を確認してみましょう。昭和19年7月の「作戦指導大綱」と「連合艦隊決戦要領」によれば、第一遊撃部隊の使命は「敵の継戦企図を破摧するため、25日黎明時レイテ湾のタクロバン方面に突入、先ず所在海上兵力を撃滅、次で敵攻略部隊(主に輸送船団)を殲滅す」というものでした。
次に情勢分析としては、先に挙げた悪条件や敵機動部隊という新情報のほかに、直前の台湾沖航空戦で戦闘機を多数損失し、航空機の支援が得られなかったことが加えられます。これらが長官の判断材料として働いたことは間違いありません。
第一遊撃部隊にとっての「彼我方策の対抗」を点検する
判断ポイントとなるのは、「敵は我を攻撃する意図があるかないか」および「レイテ湾突入を継続するか反転するか」の二点でした。これを意思決定プロセスで用いるマトリックスと照合してみます。敵機動部隊に攻撃の意図があれば、第一遊撃部隊との艦隊決戦となり、双方に大きな被害が出て、レイテ湾突入が困難になります。一方、敵機動部隊に攻撃の意図がなければ、第一遊撃部隊は付近に所在する艦艇部隊や航空機などと戦い、残余の兵力でレイテ湾に突入することが予測されます。次に、第一遊撃部隊が反転して敵艦隊と決戦するとしたならば、第一遊撃部隊に被害が出るか出ないかの差はあるものの、いずれの場合も使命達成はできなくなります。
レイテ湾突入可否を「3つのアビリティ」で点検する
次に、レイテ湾突入の可否を、スィータビリティ(suitability、適合性)・フィージビリティ(feasibility。実現可能性)・アクセプタビリティ(acceptability、受容性・容認性)の3つの観点で比較検討してみます。まずスィータビリティにおいては、レイテ湾突入を継続する方が明らかに作戦目的に合致しており、使命を達成することができます。次のフィージビリティについては、レイテ湾突入の場合は、敵の攻撃意図の有無にかかわらず敵との開戦になり、かなりの被害が予想され、使命達成は極めて困難になると思われます。敵艦隊との決戦の場合は、先方の攻撃意図の有無により被害に多少の差はあるものの、可能性はあります。最後のアクセプタビリティに関しては、レイテ湾突入の場合、第一遊撃部隊がほぼ全滅しても、敵の輸送船団などに被害を与え、揚陸阻止に寄与できると考えられます。一方、敵艦隊との決戦を選択した場合には、敵の上陸・陸揚げを許すことになります。
これらを総括すると、使命達成や実現可能性などの観点から考えて、レイテ湾突入の継続が最善の策になるのではないか、と山下氏は分析しています。
「使命の分析」の誤りは、意思決定プロセスを誤らせる
結局、栗田長官は突入継続ではなく反転を選びます。それは彼が、突入を継続してみすみす敵の餌食になるよりは、新たな敵を求めて北上反転する方が有利だと考えたからです。この決断の背後には、敵主力部隊撃滅のチャンスがあれば、それを祖国存亡の最終戦と捉え、それに専念すべきだという長官自身の見解がありました。しかし連合艦隊司令部による攻撃目標は、敵主力部隊ではなく輸送船団でした。意思決定の入り口である「使命の分析」を誤ったことが、先述のように長官の判断につながったと、山下氏は分析しています。
指揮官の一般的な意思決定プロセスは、「使命の分析」→「情勢の分析及び彼我方策の見積り」→「彼我方策の対抗・評価」→「意思決定」の4段階で機能します。最初の「使命の分析」の段階で自らの使命を見誤ると、意思決定プロセスそのものが機能せず、誤った判断に陥ることが往々にしてあります。情報過多の現代にこそ、肝に銘じたいことですね。
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