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間違いないのは、結果として明らかにアメリカに徹底的に利用される口実を与えてしまったということである。そういう事実がある以上、うやむやにすることなど、断じてあってはならなかった。第五章の最後に、「軍は外務省のことを恃みとも思わず、外務省は『あれは軍がやったこと』と頰被りする」体質があったと書いたが、身内の罪はかばい合い、他者に押し付けられるものは押し付け、全体としては恬として恥じぬという有り様は、まさに万死に値する。
本書のここまでの話からもわかるように、戦前の日本は、軍官僚の派閥抗争も含めた「官僚制度の罪」によって、何度も危地に陥れられてきた。もちろん、官僚個々人が悪であったとはいわない。むしろ日本人らしく、まじめに勤勉に努力した人が多かったはずだ。だが、組織としてそういう失敗に陥る可能性を抱えているとするならば、その組織の病弊は何としても抉り取るべきであろう。
その意味からも、宣戦布告遅延によって日本の名誉を失墜させるという大失態を起こしたならば、やはり、切腹するほどの責任の取り方をせねば、到底許されることではなかったと思う。われわれが猛省すべきは「軍国主義」というより、むしろ、いかにすれば「官僚主義」が失敗に陥らなくてすむかという点ではなかろうか。
もう一つ疑問に思うのは、あの「ハル・ノート」がどうして公開されなかったのかということだ。あのとき「ハル・ノート」を全世界に公開していれば、日本よりむしろアメリカのほうが先に最後通告を突きつけてきたようなものだということが、広く知られていたはずである。
事実、ヘンリー・スティムソン陸軍長官は自身の回想記に、野村・来栖両大使に「ハル・ノート」を手渡したハル国務長官から「私はこの件から手を引いた。あとはあなたとノックス海軍長官の出番だ」といわれたと書いている。
岡崎久彦氏はかつて、「もし、大東亜戦争がああいう始まり方をしていなければ、硫黄島の戦い(昭和20年〈1945〉2月19日~3月26日)のあとに和平の話が出ていたのではないか」と語っておられた。
硫黄島は、表面の大部分が硫黄の堆積物に覆われている小さな火山島で、地形的にも防御が難しく、地下壕を掘るにも、固い岩盤と高熱、硫黄ガスに阻まれ非常に苦労した。ところが日本軍はアメリカ軍が上陸の際、猛爆撃と艦砲射撃を繰り返し受けながらも予想以...
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概要・テキスト
コーデル・ハル
戦前の日本は、軍官僚の派閥抗争も含めた「官僚制度の罪」によって、何度も危地に陥れられてきた。われわれが猛省すべきは「軍国主義」というより、むしろ、いかにすれば「官僚主義」が失敗に陥らなくてすむかという点ではなかろうか。上智大学名誉教授・渡部昇一氏によるシリーズ「本当のことがわかる昭和史」第七章・第3回。
時間:03:21
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/21
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/21
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