●「正しいかどうか」より「自分はこれが好き」が大事だ
―― 執行先生は心が若いですよね。
執行 多分そうです。
―― 「青春とは心の若さである」という言葉が松下幸之助は大好きでした。あの詩のとおりにやっていますよね。
執行 松下幸之助は「青春」の詩が好きでしたね。
―― あの詩は面白いですね。松下幸之助は、自分の好きなところだけピックアップしているので、全文ではないのです。好きなところだけつなぎ合わせた「オリジナル青春」です。
執行 それでいいんです。
―― それが正しいとか正しくないとかは関係なく、「俺は、これが好きなんだ」と。そういうことですね。
執行 やっているとわかりますが、むしろ間違っているものを好きになったほうが成功する。あるいは自分の命が生きます。理論的にはわかりませんが、正しいと言われているものを信じている人はダメです。
―― 正しいと言われるものを信じる人は、最初からそれを正しいと思っているので、疑問も何も湧いていません。
執行 間違ったものは、やはり不安もあるから、信じるには「力」が要ります。「そんなものを信じて」などと人にバカにされたりするのを、排除しながら信じるわけですから。そこが生命的にすごいのではないでしょうか。
―― 自分なりの解釈ですからね。
執行 僕も自分が信じることは、さんざん人からバカにされていますが、バカにされることが力になっていると思います。
―― Appleの創業者のスティーブ・ジョブズの禅の解釈も、宗教の専門家から見ると間違いだらけだと思います。それでも自分の魂に栄養を与えてくれたところだけは、正確にくみ取っています。シリコンバレーに、禅のセンターを勝手に造ったりもした。でもそれによって魂に感化をもらっていますからね。
執行 そこが大事です。「間違っているものをつかむ勇気」を今の日本人には一番持ってもらいたい、特に偉い人には。「正しいことをやらなければいけない」といった思いが、今の日本は、ものすごく強い。
―― 松下幸之助から僕は書と茶碗を1個ずつもらいましたが、その茶碗が高い茶碗かというと、関係ないわけです。自分で気に入った茶碗を持ってきて、茶碗の箱に「松下幸之助」と書いてあるだけです。「自分で価値を決めている」ところに、松下幸之助の面白みがある。「俺はこの茶碗がいいんだ」と。そして「幸之助」と勝手にブランディングしてしまう。あの面白さです。
執行 それを醸成した社会もあったのです。それが今は潰れてしまっている。松下幸之助が育つ時代には、まだ社会には軽く宗教性がありました。そういうものを幸之助は、たくさん持っていると思います。出光佐三もそうで、出光佐三を見ていると、すごく宗教心が強いです。よく「日本人は宗教がない」と言いますが、あれは嘘です。日本人もみんな宗教心を持っています。一神教ではないだけです。
―― それが儒教だったり仏教だったり、老荘思想だったり禅だったり神道だったり、混ざっているのです。
執行 宗教心は松下幸之助も出光佐三も、みんな実業家はものすごく強いです。
―― 「天が見ている」という感覚ですよね。
執行 そうです。でも今はもうありません。宗教心がある人は見たことない。宗教をやっている人は、かえって、みんなダメです。宗教心がないまま宗教をやっているのですから。宗教が「ボランティア」や「社交クラブ」になっています。
―― ビジネスでやる人もいます。
執行 「いい人ごっこ」という感じになっています。かえって昔の「宗教がない」と言われていた日本のほうが、自然の宗教心をみんな持っていました。
―― 「正しいこと」を教えてもらわない時代のほうが、感性で生きられるからでしょう。
●「正しい」は「オリジナル」ではない
執行 「間違っていることのほうが、人生にも生命にも役に立つ」ということは、僕は真実に近いのではないかと思います。正しいことをやろうと思うと、本当にダメです。「正解は何だろう」と思ったら、もう文学を読んでも、自分の意見を何も言えません。だって、正解などないのですから。
―― それが本当なんですよね。三島由紀夫なら、三島のことだけ研究してる人は、学者としては立派でしょうが、それで感化を与えられるのか。
執行 僕は大人になって、文学でも研究者の本を読むようになりましたが、研究者が書いている本でいい本はありません。いい本は、好きな人が自分で「なぜ好きなのか」を勝手に書いている本です。学問的に調べる人はダメです。
―― どうして好きなのかを自分で勝手に書いている人が面白い。
執行 勝手がいいのです。読んでみればわかります。絵も同じで、どの絵が好きかを書いた本は世界中にありますが、勝手放題なことを書いている人の本が、一番感動します。
―― ...