●命を吸い上げるものが素晴らしい
―― 宗教がなくなった時代には、もう芸術しかなくなったのですね。
執行 いろいろなものを見渡して、今でも魂を燃焼して、全生涯を犠牲にしてでもいいというのは芸術だけです。悪い言葉で言うと、芸術が人間の命を吸い上げるのです。でも、命を吸い上げてくれるものがなければ、人間というのはダメなのです。
―― 命を吸い上げてくれるものがあるから、どんどん向上できる、成長できる。
執行 向上して、ボロボロになって死ぬことができる。「愛する」だってそうです。誰かを愛したら、その人に命を取られてしまいます。愛した人間の命を取り上げるのが「愛された」ということで、同じ意味なのです。
国だってそうです。だからいい国は、国民に死を命ずることができる。「国家のためにお前死ね」と言って、国民が喜んで戦争に行って死ぬ。そういう国家が、やはり歴史上、素晴らしい国家です。
ローマ帝国が素晴らしかった頃もそうですし、有名なテルモピュレーの戦いでレオニダス率いる兵士たちは、スパルタという国家のために全員が喜んで死にました。読んだ人は、みんな感動すると思います。あれもスパルタという国家が、みんなの命を吸い上げたのです。
―― だからスパルタは覇権国家になるわけですね。
執行 素晴らしいわけです。だんだん没落しますが、勃興期は素晴らしかった。明治の日本も、近いものがありました。
―― 日露戦争くらいまでは、それがありましたね。
執行 日露戦争が限度です。あれから、なぜか日本人も傲慢になって、自分の国が大したものだと思いだした。
―― おごりが出てくるのですね。
執行 それでおかしくなったのです。よく言われるように、武士がいなくなって、おかしな学校出ばかりが偉くなったから。
―― 江戸時代の教育を受けた将軍が残ってるあいだは、まだ強かったけれど。
執行 乃木希典をはじめ、江戸時代の教育を受けた人が司令官だった最後が、日露戦争です。あそこまでは、人間がまだ生きていた。
―― 同じ軍隊とは思えません。
執行 明治の軍隊と昭和の陸軍では、もう別の国です。
―― それはマッカーサーも言っています。
執行 明治の日本には、マッカーサーも感動しています。
―― マッカーサーの父親が、乃木希典や東郷平八郎らを見ています。
執行 アメリカ海軍のニミッツ提督も、一番尊敬しているのは東郷平八郎です。明治の日本についてはアメリカの軍人も、みんな本当に尊敬していましたが、ああいう人がいなくなりました。
―― その意味で、やはり東郷にしても乃木にしても、下級武士であったけれども人間の土台は、とてもしっかりしていたわけです。土台をつくるときの教育は、ものすごく大事です。
執行 大事です。教育しかありません。あとは風潮でしょうか。とにかく今の風潮では、教育しても人材というのは出てきません。芸術にしても宗教にしても、基盤がないわけですから。
―― 鍛える基盤がない。
執行 基盤は、先ほどから言うように人間の命を吸い上げるものなのです。人間の命を吸い上げてくれるものが、素晴らしいもの。今の常識と反対で、今は与えることが優しさであり愛情であると、みんな思っていますが、実は違うのです。
―― 人間の命を吸い上げるものが、素晴らしい。
執行 愛がそうではないですか。今言った江戸時代の武士にしても、例えば親には子どもの命を取る権利がありました。「親孝行のためには死ななければならない」という時代で、そういう時代の人が立派なのです。
明治の本を読んでいると涙が出てきます。明治の貧乏な水飲み百姓は、娘を廓に売りますが、親に売春宿に売られた娘が、親に仕送りをしているのです。これは実話で、そういう時代なのです。
―― 今の状況から考えると、すごい話ですね。
執行 つまり娘の命を食いものにしている親なのです。ただ、そう言ってしまえば、それで終わりですが、そういう親の下には、それほどの美しい魂を持った人間が、現実に育っているのも確かなのです。
―― そこが難しいところですね。廓に売られて、かつ親孝行という娘は、いっぱいいますよね。
●「心」を生き返らせる芸術
執行 乃木希典の人生も見ても、伊藤俊輔(伊藤博文)にしても、貧しくて家から何にもしてもらっていません。そもそも子どもなんて、みそっかすです。何も与えてもらっていません。でも、その時代の人が、一番魂がきれいなのです。これは誰を見てもそうです。
マッカーサーが日本占領のときに一番最初に言ったのは、日本人の魂、親孝行と天皇崇拝をぶち壊すことがGHQの政策だということです。そのために、いろいろな手立てを講じたのです。
マッカーサーが大東亜戦争を戦う中で、何が一番不思議だったか。あの当時の日...