●暮らしを大事にするハト派の田中角栄、中国との国交回復へ
田中角栄という人を私は、「嫌いになれないで困る親戚のおじさん」というように評したことがあります。やはりお金というものを、いろいろなところにばらまいたという側面は、否定しきれないわけですけれども、ただ、そのお金ということは、ある意味、思想で統制するということではないわけです。
田中角栄という人がおもしろいなと思うのは、自民党の歴史を振り返ったときに、1949年に隣の中国が中華人民共和国、つまり、共産主義の国となるわけです。いわゆる赤の国。それで、反共産主義の政党である自民党では、「赤の国とは付き合うな」ということになる。そういう中で、戦前からの政治家である松村謙三とか石橋湛山とか、あるいは実業家では高碕達之助とか、そういう人たちがいろいろ苦心して、中国との関係を結ぼうとする。
そういう流れの中で、「なんぼ赤の国でも隣のお給仕と付き合わないわけいかないんでねえか」というような形で中国との国交回復に乗り出したのが、私は田中角栄だと思うわけです。
つまり、共産主義というイデオロギーに対して反発するイデオロギー優先の政治ではなくて、経済、暮らしというものから見れば、隣の大きい家、つまり中国と付き合わないわけにはいかないではないかと。そこには、「イデオロギーより暮らしが大事だ」という、まさにハト派の考え方がある。
●ダーティーなハト派の元祖は田中角栄
私は、小泉純一郎という人が出てきたときに、政治家を判定するには、「ダーティーかクリーンか」という軸と「ハト派なのかタカ派なのか」という軸、二つを交差させて考えなければならないと言いました。
この二つの軸を交差させると、四つのタイプに分かれる。私から見れば、一番だめなのがダーティーなタカ派です。色々異論はあるかもしれませんけれども、これには中曽根康弘のような人が入る。
それから、ほとんど絶滅危惧種とも言うべきものが、クリーンなハトという人。 土井たか子とか、保守ではないけれども。あるいは保守で言えば、クリーンなハトと言えば、 伊東正義とか、そういう人になるのでしょうか。
そして、絶滅危惧種のクリーンなハトとダーティーなタカを除けば、クリーンなタカとダーティーなハトというタイプが残るわけです。クリーンなタカとダーティーなハトというものを並べた場合に、どちらを取るのかと。そうすると、一般的には、やはりクリーンが上のように見られるのです。
小泉純一郎という人は、あまり派閥というものを相手にしていなかったというか、個人プレーが多かったために、子分を養う必要がないから、お金集めをしなかった。消極的クリーン。しかし、考え方は、靖国参拝に表れているようにタカです。あるいは憲法改正。だからクリーンなタカ。
それに対して、ダーティーだけれどもハト派というのが、小泉と対抗すれば加藤紘一だけれども、その元祖は田中角栄ということになるわけです。
●田中角栄と大平正芳の共通理念~庶民の声を政治にする~
私は、「クリーンなタカよりはダーティーだけれどもハト派を選ぶ」というようにずっと言ってきた。その田中角栄が言うのは、つまりは「イデオロギーを超えて中国と仲良くしなければならない」ということです。
あのまだ青嵐会とか、すごく右翼チックな雰囲気が充満していた1970年代初めの頃、日中国交回復をするというのは、すさまじく危険なことだった。だから、田中角栄が、暗殺を覚悟して中国に行くわけです。外務大臣が大平正芳。歳は大平の方が上です。
田中と大平のコンビというのが、なぜ生まれたのかと。その秘密を明かす、おもしろい話があるのです。
自民党政調会で、当時、田中角栄が米価調査会の総合農政調査会会長、大平が政調会長で、自民党の中の、そういう米の値段を決めるという会合で、自民党は農村の票に頼っていましたから、米価を上げろと。
ところが、そんなに上げたら大変だから、幹部としてはある程度のとこで収めなければならない。そしたら、田村元と田村良平という2人の尊農が立ち上がって、大平を責めるわけです。「大平は大蔵官僚で庶民の暮らしが分かっていない、だから、米価を低く抑えようとするのだ」と攻撃する。
すると、大平はもう頭にきて、席を蹴って帰ろうとする。その背広の裾をつかんで、田中角栄が、「ま、座れ。今出たら戻れなくなるぞ」と言って、止めるのです。
そして、大平は思いとどまって、しばらく考えたあとに立ち上がって、田村元、田村良平、両氏とも親は政治家で、恵まれた家に育っている。大平は、エリートだから庶民の暮らしを知らないと言われたが、自分は貧農の生まれだと。それで、苦学して、香川県讃岐のほうで朝、田んぼに水が行き渡っているかどうか...