●「強さとエンパシーを兼ね備えたリーダー」しか残れない
西川 日本人のトップ層にも、リーダーとしての強さとエンパシーの両方を兼ね備えた人間が必要だと思います。ある状態を見れば、そういう人間が揃っている。たとえば日産ぐらいの規模でいうと、10人ぐらいそういう人がいる。その10人の予備軍がまた20人ぐらいいるという状態だと、かなり強いと思います。そういう状況をつくり出していくことが一番大事なのかと思うのです。
そこから見ると、いわゆる日本人以外のマネージャーのなかで、エンパシーを持った人がちゃんと来てくれるかというと、これはなかなか難しい。初期のゴーン・チームとして、そう大勢ではありませんが、ルノーから人が来ました。彼らはいろいろなレベルで仕事をしていったのですが、そのなかで専門性とリーダーとしての強さに加えてエンパシーがない人たちは、なかなか最後まで日産のなかに定着しなかったです。
逆にいうと2005年以降の後半は、そのために淘汰されていった。ルノーから来た人のなかでもピカイチのリーダーのクラス、リーダーとしての資質もあるし、かつエンパシーもある人が残った。そういう人たちがいるから安定したということです。
そういう経緯で、日本人のなかで同様のリーダー層が出てくるのはちょっと遅れたのですが、今、それが来ていると思いますね。私たちの下の世代のボリュームはあまり多くないですが、そのなかで、社長を含めた今のリーダーの世代たちは、そういうかたちで育ってきた人間として、今引き継いでやっているわけです。それがだんだん40代、30代と若くなるにつれ、今言われたようなフォーメーションを取りやすくなっているということかと思います。
●ゴーン事件の「不正」と「マネジメントの行き詰まり」
西川 そういう状態のなかで、なぜゴーン氏自身がああいう不正を働いたか。少なくとも一部、刑事事件に発展するような不正があったことは間違いないですね。ですから、これはこれで正さなくてはいけないし、その部分に関しては会社としてガバナンスのあり方や監視システムを変えなくてはいけない。私はその通りだと思います。それはやらなくてはいけません。
一方で、それとは違う異質な問題として、マネジメントとしての難しさや行き詰まりなどが、後半戦にはあったと思います。これは、先ほど言った前半戦のよさと後半戦の問題というのをよく見て吟味し、いい部分はさらに発展させる。逆によくなかった部分は修正をするということをやっていかなくてはいけない。
―― 実際にゴーンさんの不正があったのは事実で、西川さんの下で、ガバナンスやコンプライアンスを徹底させなければいけなかったことも非常によくわかります。しかし同時並行して、ゴーンさんのやった改革は、ものすごく成果がありましたけれども、やはり、それを十分に内部で消化する時間がなかなかなかったというところに問題があったのでしょうか?
西川 一つ、今の難しさをつくっている理由として、やはり2000年からの変化がかなり急だったことがあります。
―― 確かに急でしたね。
西川 「中に入ればそうでもない」と私は申し上げましたが、やはり人によって見方は違うと思うのですね。そのなかで、急すぎてついていけなかった人もいれば、自分が本来活躍すべき場を与えられなかったという方もいると思います。そこが全部フェアにやれたわけではないですから、そういう意味で不満が残っていることはあると思います。
さらに後半のマネジメントのなかで、台数的に非常にストレッチをしたことが、いろいろなところで無理が出たということ。それから、ルノーと日産を合併させるわけではないですが、購買だけではなく、かなりのペースで機能統合を進め、生産なら生産、開発なら開発、いろいろな部分で共同に仕事をしましょう、と。そういうことでメリットを出せればいいのですけれども、形だけかなり強引に推し進めたところがあります。
そうすると、ストレッチをされている、かなり強引な機能統合が進んでいるということで、将来、自分たちはどうなるのかというような不満や不安が会社のなかに溜まりだしていた。2000年代前半に比べると、後半は溜まりだしていたということも事実だと思うのです。
●不安や不満があったのは間違いないが、「陰謀論」ではない
西川 そういう意味で、会社のなかにいろいろなレベルの不満や不安があった。ゴーン事件が起きて、「元に戻さなくてはいけないところがあるのではないか」と言う議論になったときに、その「元に戻さなくてはいけないところ」の意味が、「ガバナンスの問題でゴーン会長が暴走したところをちゃんと元に戻そう」というところから、「ルノーとのあり方を元に戻そう」まで、さまざまなレベルの話として出てきました。
恐ら...