●環境の力が示す3つの特徴
それでは遺伝の力に続いて、環境の力について皆様と一緒に考えてみたいと思います。
環境の力の特徴は、すでにお話しした遺伝の力と対比させて考えると、遺伝の「変わらぬ力」に対して「変わる(変える)力」と呼べると思います。そして、遺伝子が「守る力」であるのに対して環境の力のすごいところは「育む力」ではないかと思います。
そして遺伝の力が「変わらずそこにあるけれども、ばらつきをもっている」ことを強調しましたが、環境の力はまさに「不確かで流動的」であるところで、そこがすごいと思います。
こういった特徴がございますので、もう皆様よくご存じの通り、環境の力は子どもの成長や発達に、あるいはわれわれ大人の生活にも、よくも悪くも作用するということが知られています。
ここでは「追い風」と「向かい風」にたとえて、二つの大きな話題についてお話をさせてください。
まず「追い風」になるいい環境として、教育環境について少しお話をさせていただきたいと思います。またその後で、「向かい風」になる環境、これは世の中にいっぱいあります。
われわれ人類は、新型コロナウイルス感染症という「コロナ禍」を経験し、多くのことを学んだと思います。その逆風の中で、われわれ大人は何を学んだのか、何を経験したのか。そしてその延長として、われわれ大人は子どもたちに何をプレゼントできるのか。そういったことについて考えていきたいと思います。
●環境が追い風として働く「読み書きの能力」
まずは追い風である教育の力について、お話しさせてください。「読み書きの能力」というお話です。
子どもの病気の中に「読み書き障害」という病気があります。これは「努力が足りない」「勉強不足だ」ということではなく、生まれつきの素因によるものだというふうに言われています。すなわち遺伝子の力であらかじめ決められた読み書きの能力が、残念ながら劣っている子どもたちがいるわけです。
こちらのグラフは、横軸が6歳から16歳まで、すなわち小学生と中学生の子どもたちの年齢、タテ軸には「点数」と書いてありますが、読み書きのテストの点数です。このグラフは実際のデータをもとにしてあります。
右肩上がりのカーブが描いてあると思いますが、そこに書いているように、これは「平均的な」子どもたちの点数です。ここで分かることは、小学校6年間で子どもたちの読み書きの能力がずいぶん上達するのだな、ということです。
逆に、後半を見ていただくと分かりますが、少なくとも「読み」や「書き」の能力に関しては、中学校ではすでに頭打ちになっているのです。もちろん、その中の理解力・想像力といった、文章をどう生かすかというような能力は、まったく別の話になってきます。
私自身の小学校時代を思い出してみると、今もそうだと思うのですが、小学校の特に低学年では音読をさせられます。その後は黙読になりますが、とにかく「文章を読みなさい」「本を読みなさい」と繰り返し言われました。
子どもの頃の私は、いったいこんなものが何の役に立つのだろうと思いました。朝、急いでいるときに、学校へ行く前に2回音読しないと、朝のハンコがもらえなくて学校で怒られる。いったい何だったのだろうと思っていたのですが、小児科医になって30数年、今更ながら小学校の先生方のご恩に感謝したいという思いが湧き上がるグラフです。
●遺伝によって「読み書き苦手な子」もいる
一方で、先ほど述べましたが、読み書きの能力だけが生まれつき劣っている子どもたちがいます。決して努力がないわけでもなく、勉強に関心がないわけでもありません。算数、できます。体育、できます。社会、興味あります、面白いです。
しかし、彼らに試験を行ってみると、今見えましたでしょうか。オレンジ色の点線で示したように、点数が低いのです。「読み書き苦手な子」というように、失礼ながら書かせていただきました。
こういう子どもたちも、私ども小児科の外来には時々見えます。頑張っているのだけど、テストで点数が取れないので「お前は怠け者だ、家で何をやっている」と言われている。でも母親が見ていても、この子は一生懸命頑張っている。
「今日はできるよね」「大丈夫だよ」と学校でテストのある日、朝送り出します。帰ってきて「どうだった? 今度は頑張ったよね」と聞くと、お子さんはうなだれています。どういうかというと「時間がなかった」というのです。実は、その日あったのは算数のテストだったそうです。高学年になってくると、文章問題が出てきます。演算能力があっても、...