●『ベラスケスのキリスト』に感応して描かれた八反田友則先生の絵
―― 先生、どうぞよろしくお願いします。
執行 はい、よろしくお願いします。
―― 絵がすごいですね。
執行 これですか。今日は『ベラスケスのキリスト』の絵についてでしたね。2022年に『ベラスケスのキリスト』についてお話ししましたが、『ベラスケスのキリスト』(執行草舟監訳、安倍三﨑訳、法政大学出版局)という(スペインの哲学者)ミゲル・デ・ウナムーノの詩を翻訳したところ、かなり反響がありました。
戸嶋靖昌記念館の大ファンで、私の本のファンでもある八反田友則先生という画家が、鹿児島県にいます。私も非常に尊敬している画家で、私のコレクションにも譲り受けたものがたくさんあります。以前、「テンミニッツTV」で八反田先生の絵について話しましたが、鹿児島で絵をはじめ、いろいろな芸術活動をされている芸術家です。
その方が『ベラスケスのキリスト』という本に非常に感応して、ベラスケスのキリストの霊威をすごく受けられた。その芸術的天才性から発想した13点の絵を描いた。それを特別に戸嶋靖昌記念館に寄贈されたのです。
―― それはすごいですね。
執行 13点の油絵が全部、後ろにあります。
―― この本にすごく感化を受けたのですね。
執行 それほど『ベラスケスのキリスト』は八反田友則という芸術家に、とてつもない感化を与えたようです。この本がなければ、とても描ける絵ではなかった。ぜひ訳した私のところに寄贈したいと。
―― ものすごいことですね。
執行 今日は13点全部ではなく6、7点ほど掛けていますが、頂いたときに本当に感動しました。
八反田先生のほかの絵もそうですが、特にこのベラスケスの絵がなければ、私が自分でどのような作品を集めているのか、一番底辺を支える重大な理論を見落としていた可能性がありました。八反田先生の『ベラスケスのキリスト』13点が、私に「芸術の真の意味」を悟らせてくれたのです。 悟るというと偉そうですが。
―― 気づかせてくれたのですね。
●イコンの芸術を理論化したパーヴェル・フロレンスキイ
執行 それはどういうことかというと、戸嶋靖昌記念館と執行草舟コレクションで集めてきた絵は、今まで集めたものも含めて、「霊性文明」に関わるものです。
現世の話でいうと、ロシアにイコン(聖像画)という芸術があります。これはビザンティン帝国に伝わっていた芸術です。
ビザンティン帝国というのは、ご存じだと思いますが、東ローマ帝国です。ローマ帝国が西と東に分裂して、首都コンスタンティノープルを中心にしてできたのが東ローマ帝国。そしてロシアまで伝わって、ギリシャ正教を奉じる文明となっています。
私が気づいたのは、私が集めてきた芸術、または日本人の魂の継承として残しているすべての芸術が、「ビザンティン文明的なものに近い」ということです。正教会に残った、キリスト教の魂とヴィジョン、幻想を大切にする教えに近い。このことがわかってみると、全部がわかるのです。
東洋や日本は、もともとヴィジョンの国です。(世界で見ると)「キリスト教の理論化」のほうが珍しかった。だからこそ、(キリスト教文明は)科学文明や民主主義を生むことができたのです。ところが、それ以外の国の多くは、理論化せずに神を崇めている。宇宙や神を実感しているけれど、理論化しないで生活などの中に取り入れていく。それが日本の神道であり、仏教ならば特に禅などがそうです。理屈ではないところがヴィジョネール(幻視者)、要するにヴィジョンなのです。幻想です。
―― なるほど。幻想なのですね。
執行 私は非常に日本人的な魂が強いので、知らず知らず、今のヨーロッパ文明でいうと「ビザンティン帝国=東ヨーロッパ文明」に近かったのです。それが芸術としては、イコンの中に注入されているのです。イコンとは、ロシアの人物画がそうです。
―― わかります。
執行 あれが、東方ビザンティン教会の代表的な芸術作品です。八反田先生の絵はそれに近い。
―― なるほど。
執行 ここで前もって説明しておくべきなのが、「イコンの文明とは何か」です。それを八反田先生の絵から理論化して書いたりしてみたのですが、その理論はもともと私が好きなものだった。自分がイコンを集めているとは思っていませんでしたが、もともと好きだったのです。
ロシア正教会、つまりギリシャ正教会の神父で、1930年代のスターリン粛清で殺されたパーヴェル・フロレンスキイという人がいます。私は彼がすごく好きで、翻訳本はほとんどありませんが、数少ないものを少し読んだことがあります。英語訳はそこそこ出ているのでそれと、日本語版も読んだことがあります。この人がイコンの芸術を非常に理論化していて、それが...