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アメリカと日本の貿易交渉―2つの重要な視点
アメリカ企業による狙い撃ちで始まった日米貿易摩擦
トランプ大統領の保護主義政策により「再びシビアな日米貿易摩擦が起きるのか」と言われていますが、学習院大学国際社会科学部教授・伊藤元重氏がこれからの日米貿易摩擦、あるいは日米貿易交渉を考えるうえで、2つの重要な視点を示してくれました。一つは、過去の事例では、アメリカの企業がまず攻撃的行動に出たことで貿易摩擦に発展したということです。政府主導というよりまず企業の攻撃ありき、なのです。今、トヨタをはじめとする日本の自動車業界は、トランプ大統領の言動に非常に神経を使っているようですが、これはかつてアメリカの自動車業界によるアンチダンピング訴訟という非常に苦い経験をしているからです。
1979年の第二次石油ショックにより原油、ガソリンの価格が高騰し、その結果、アメリカ市場では燃費のいい日本車が販売台数を伸ばしました。そこで、アメリカの自動車業界がとった行動は、日本の自動車メーカーがダンピングをしているため被害をこうむっているという訴え、「アンチダンピング訴訟」でした。日本のダンピング行為の報復として、日本車に高い関税をかけることを政府に要求したのです。
アメリカ政府内では、果たして日本のメーカーに対してアンチダンピングが順当な対策かという議論が重ねられ、結果的には賛成、反対僅差ながらも「日本側は白」ということになりました。辛くも逃げ切った日本のメーカーは、将来的にもっと厳しい制裁を受けることを憂慮して、政府とも協議の結果、アメリカに対する輸出自主規制に踏みきったのです。
「協定・協議」という名の強硬な二国間交渉が続く
このようにシビアな日米貿易摩擦を経て、今度は半導体が標的となりました。1986年の日米半導体協定で、日本国内の半導体シェアのうち外国製を20パーセント、あるいはそれ以上にすることが求められました。協定後は、アメリカの半導体メーカートップと日本の家電製品やゲーム機器など買い手側のメーカートップによる、定期的な会議が行われることに。要はアメリカサイドが、日本の輸入量が協定で決めたレベルになっているかをチェックしていたのです。事前にアメリカ企業のみで協議をするという、独占禁止法すれすれの行為もあったようで、いかに当時のアメリカ業界が強い立場にあったのかをうかがわせます。1992年には、自動車メーカービッグスリー、GM・フォード・クライスラーのトップがジョージ・ブッシュ大統領とともに来日。日米自動車協議がスタートし、この時は日本の自動車メーカーによる部品購入の努力目標を掲げることとなりました。その年に大統領再選のかかったブッシュ大統領としても、ビッグスリーによる企業パワーはぜひとも味方につけておきたいところだったのでしょう。
業界と政府の連携で推し進めるのがアメリカ式通商交渉
一連の協議、協定を経て、アメリカは二国間(バイ)において強固な要求、大いなる譲歩を迫る交渉スタイルを成功モデルとし、日米間の二国間交渉が本格化したのでした。このような日米貿易摩擦、貿易交渉の経緯を振りかえると、常に業界が先鞭をつけてきた、事実上のリードをしてきたことが見てとれます。つまり、政府の保護主義的な姿勢を読み取り、アメリカの業界が相手国企業に攻撃的行為に出る。その動きを見て、政府も通商摩擦に関与するというサイクルができあがっていったのです。まず企業から摩擦の火花が散る可能性が大きいということを念頭におかなければいけません。
かつての貿易摩擦にはなかった留意点-中国ファクター
従来の日米貿易交渉と現代21世紀のそれを比較してみる場合、もう一つ念頭に置かなければならないのが、「中国ファクター」だと伊藤氏は指摘します。日本がアメリカに次いで第2位のGNPを誇っていた1980年代、90年代には考えも及ばなかった要因です。さらに、問題を難しくしているのは、この中国ファクターが日本にどのように影響するのかということです。日本が米中交渉のとばっちりを受けるのか、競争相手である中国とアメリカとの摩擦ということが、かえって好都合に働くのか、現状では判断がつきかねます。過去を教訓に未知へと向かうこれからの日米貿易交渉
いずれにしても、忘れてならないのは次の二つです。一つ目は、「アメリカファースト」のトランプ大統領と強気の米国企業がタッグを組んだらどうなるのかということで、二つ目は、中国には終始厳しい姿勢を示すトランプ大統領と歴代最強の権勢を誇るといわれている習近平主席がどう対峙するのか、ということです。21世紀の日米貿易交渉は、今までの貿易摩擦を教訓としながらも、未知の領域に向かわなければならない非常に難しいものになりそうです。
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