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DATE/ 2017.07.30

庇護される快適より自由を求めた古代ローマ人

古代ローマの人々は「自由と寛容」を重んじた、と東大名誉教授で早稲田大学国際教養学部特任教授の本村凌二氏は言います。共和政から帝政へ向かい、広大な地域を支配した民族にはふさわしくない肩書きでしょうか。本村氏がそのように考える根拠を見ていきましょう。

「自分たちの自由は自分で守る」国のかたち

 古代ローマ人がエトルリアの王家に対する反乱を起こし、ローマ人自身が主導権を持つ国家をつくろうとしたのは、紀元前509年。中心グループの中には、後世カエサルに「Et tu Brute?」と言われたことで名を残したブルトゥスの先祖もいました。

 彼らがユニークだったのは、「国王のような独裁権力を置くと、ろくでもない王が出たときに何をしでかすかわからない」と考えたところ。そのため、自分たちの国家には独裁者を置かず、複数のコンスル(執政官)を置くことを決めました。

 独裁者を戴かないということは、国民一人ひとりが「自分たちの自由は自分で守る」と決めた、ということだと本村氏は解説します。それがローマの「共和政(レス・プブリカ)」であり、彼らにとって国家とは公のものであったわけです。戦争による奴隷は別として、ローマ市民の一人ひとりが自由であることは、何よりも重視されました。

市民権・公民権を征服民にも分け与える

 ローマはこの後、広い領土を確保していきますが、その理由のひとつが「市民権・公民権」を惜しまなかったことだと、本村氏は言います。

 と言っても、征服した地域の住民たちがその日からローマ市民になるというわけではありません。まずは彼らの社会の上層民を公民や市民にして「ローマ化」のお手本とする。やがて、支配された地域がローマ的な生活様式を受け入れたり、ラテン語を理解するようになってくるにつれて、市民権を広く分け与えるような制度を取りました。

 これによりローマは版図を広げ、「パクス・ロマーナ(ローマの平和)」という繁栄の時代を謳歌します。そして最終的には紀元212年、カラカラ帝が「ローマ帝国の全自由民(男子)をローマの公民・市民にする」という布告を発します。「アントニヌス勅令」です。

パンテオンが保証した信仰の自由

 ローマ人は、属州(征服した人々)に対して、宗教や言語の教養を行いませんでした。相手の母語や信仰の自由を認めるのは、まさに「自由と寛容」の発露です。ローマの神々を信じてもいいし、信じなくてもいい。その象徴が「パンテオン」という神殿のような建物なのです。

 現存するパンテオンはローマ市内マルス広場のものが有名ですが、「パンテオン」とは「すべての神々」という意味。つまり、パンテオンとはローマ神だけではなく、「すべての神々」が祀られた場所なのです。

 同様に、ラテン語への同化の強要もなく、住民たちはそれぞれの土地の母語を話していました。法や慣習についてもそうで、ローマ法が適用されるのは、ローマ市民と現地人の間に争いがあったときだけ。現地人同士の取り決めにはあまり干渉せず、寛容の精神を発揮していたと言います。

すべては「ルクレティアの悲劇」から始まった

 ローマが「自由と寛容」の精神を土台とする共和政へ向かったのは、そもそも一人の女性の悲劇がすべての始まりだった、と本村氏は強調します。

 エトルリア王家の中でも「傲慢王」と呼ばれたタルクィニウス王の息子、セクストゥスに横恋慕されたのが、くだんの女性。夫の留守を見はからかって訪ねてきたセクストゥスに陵辱された彼女は、その夜のうちにローマにいる父と戦場にいる夫の許に使いを送ります。そして暴行の一部始終を訴えた後、ナイフで自分の胸を突いて死んでしまったというのです。

 一身を賭して自分の高潔さを証明したルクレティアの事件をきっかけに、もともとローマ人の間にくすぶっていたエトルリア王家への反感に火がつきました。国を動かした彼女の勇気ある行動と死は、多くの文学や美術作品の主題となっています。
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