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吉田松陰、乃木希典を育てた稀代の教育者
吉田松陰と乃木希典。幕末、明治を語るに欠かせない2人の重要人物の共通点は何か、お分かりですか? 実は2人とも、玉木文之進に教育を受けているのです。文之進は松陰の叔父で、私塾・松下村塾を立ち上げた人物でもあります。歴史上で表立って語られることはあまりありませんが、かなり波乱万丈の生涯を送った一人の武士に、歴史学者・山内昌之氏が焦点をあてます。
玉木家は無給通組より格上の「大組」に属していました。大組とは、無給通組の1つ上級の「遠近附」よりさらに1ランク上の階級。一番高い家臣レベルである「寄組」のすぐ下という位置づけで、藩の実質的な政務を執り行い、財政などを担当する上級家臣です。つまり、この大組に属するということは、藩政に直接関与する役職につくということを意味し、実際に、桂小五郎、周布正之助といった実力者もこの大組にいました。
しかし、優秀なだけに周囲の嫉妬心、妬みは相当なものがあり、やがて権力闘争にまきこまれます。ついに文之進は部下の不始末の責任を取るという形で免職となり、1840(天保11)年、故郷の長州・萩に戻ることとなります。
彼にとってはある種の悲劇だったかもしれませんが、山内氏はこの出来事を「歴史的には幸いだった」と表現します。不本意ながら役を解かれ帰郷した文之進は、萩で後進の育成にかけてみようと思ったのでしょう。私塾を開きます。後に、吉田松陰、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋といった幕末から明治期の日本をリードした多くの人材を輩出した松下村塾の誕生です。
育て上げた人物の名前を見るだけでも、文之進の高い教養と知識がうかがいしれますが、その教育方針は非常に厳格であったとか。その厳しさは、幼い松陰が叔父・文之進の講義を受けている最中に蚊にさされ、頬をかくと、「今は公の為に学んでいる時なのに、頬がかゆいといった私ごとを優先するとは何事か」と叱責したというエピソードが残っているほど。時に松陰に拳をあげることもあったそうです。
しかし、文之進が甥を厳しくしつけながらもかわいがっていたのも事実で、安政の大獄で松陰が捕らわれた時には、助命嘆願のために奔走したと伝えられています。
明治維新の成功で、長州藩が新政府の中核を成すようになると同時に、倒幕に一役かった多くの武士が職を失いました。必要なのは新時代をリードする政治家であり、倒幕の志士の時代は終わりを告げたのです。失職した不平士族に担ぎ出されて乱をおこすことになったのが、吉田松陰の弟子である前原一誠でした。明治新政府の指導的立場にもあった前原は、その実直さ、人望ゆえに反乱軍のリーダーに押し上げられてしまいました。これに松下村塾の塾生、その教え子たちの多くが乱に参加することになると、文之進は責任を感じ、切腹したのです。
このように松下村塾が、明治維新のリーダーたちを輩出した一方で、新時代から取り残された塾生たちが反乱を起こし、松下村塾創始者を自決に追い込んだという悲劇の歴史をも背負っていたことを忘れてはいけません。
杉家出身の2人の逸材-松陰と文之進
松陰も文之進も長州藩杉家の出身です。杉家は家格が低く、藩の中でも「無給通組」という格下に位置していました。松陰の父、杉百合之助はわずか26石の無給通士だったといいますから、その経済状況は推して知るべしでしょう。その杉家から、松陰は幼少期に兵学者・吉田大助の養子となり、文之進は玉木家に養子に入りました。玉木家は無給通組より格上の「大組」に属していました。大組とは、無給通組の1つ上級の「遠近附」よりさらに1ランク上の階級。一番高い家臣レベルである「寄組」のすぐ下という位置づけで、藩の実質的な政務を執り行い、財政などを担当する上級家臣です。つまり、この大組に属するということは、藩政に直接関与する役職につくということを意味し、実際に、桂小五郎、周布正之助といった実力者もこの大組にいました。
免職が松下村塾立上げにつながった歴史的幸運
無給通組からいわば、飛び級で大組の家柄へ入ったことからも、玉木文之進の優秀さが容易に想像できますが、彼の有能さはそれだけにとどまりませんでした。長州藩では国元の家老として「当職」、江戸家老として「当役」を置いていましたが、文之進はこの当役まで務めており、これも彼が大組の中でも屈指の実力を持っていたことを物語っています。しかし、優秀なだけに周囲の嫉妬心、妬みは相当なものがあり、やがて権力闘争にまきこまれます。ついに文之進は部下の不始末の責任を取るという形で免職となり、1840(天保11)年、故郷の長州・萩に戻ることとなります。
彼にとってはある種の悲劇だったかもしれませんが、山内氏はこの出来事を「歴史的には幸いだった」と表現します。不本意ながら役を解かれ帰郷した文之進は、萩で後進の育成にかけてみようと思ったのでしょう。私塾を開きます。後に、吉田松陰、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋といった幕末から明治期の日本をリードした多くの人材を輩出した松下村塾の誕生です。
松陰を育てた厳格な教育方針
実は、この松下村塾以前に、文之進は、吉田松陰ともう一人の日本近代史の重要人物の教育にあたっています。「大将」「将軍」の名にいかにもふさわしい乃木希典です。玉木家と乃木家が親戚筋であったため、当初、学者を目指していた乃木が弟子入りを願いでたと言われています。育て上げた人物の名前を見るだけでも、文之進の高い教養と知識がうかがいしれますが、その教育方針は非常に厳格であったとか。その厳しさは、幼い松陰が叔父・文之進の講義を受けている最中に蚊にさされ、頬をかくと、「今は公の為に学んでいる時なのに、頬がかゆいといった私ごとを優先するとは何事か」と叱責したというエピソードが残っているほど。時に松陰に拳をあげることもあったそうです。
しかし、文之進が甥を厳しくしつけながらもかわいがっていたのも事実で、安政の大獄で松陰が捕らわれた時には、助命嘆願のために奔走したと伝えられています。
自決をもって萩の乱の責任をとる
政務においても、人材育成においても有能であった文之進でしたが、中央から萩に引っ込んだ時と同様、人生の最期も他者の罪の責任をとるという形で自ら幕を閉じてしまいます。それが、1876(明治9)年の萩の乱でした。明治維新の成功で、長州藩が新政府の中核を成すようになると同時に、倒幕に一役かった多くの武士が職を失いました。必要なのは新時代をリードする政治家であり、倒幕の志士の時代は終わりを告げたのです。失職した不平士族に担ぎ出されて乱をおこすことになったのが、吉田松陰の弟子である前原一誠でした。明治新政府の指導的立場にもあった前原は、その実直さ、人望ゆえに反乱軍のリーダーに押し上げられてしまいました。これに松下村塾の塾生、その教え子たちの多くが乱に参加することになると、文之進は責任を感じ、切腹したのです。
このように松下村塾が、明治維新のリーダーたちを輩出した一方で、新時代から取り残された塾生たちが反乱を起こし、松下村塾創始者を自決に追い込んだという悲劇の歴史をも背負っていたことを忘れてはいけません。
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