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DATE/ 2017.09.15

「イスラム国」はこのまま消えるのか

 ここ10年以上、シリアとイラクから世界に脅威を撒き散らしてきたイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」。ロシアからの攻撃が始まって以来、鳴りを潜めていた未曾有のテロ組織の去就に、2017年夏、改めて世界の注目が集まっています。7月10日、イラクのアバディ首相により、モスルがIS支配から解放されたことが宣言されたからです。

 中東・イスラーム史研究の第一人者である歴史学者・山内昌之氏によると、ISが弱体化したことは間違いないようです。「偽りのカリフ国家」を名乗ってきた組織は、このまま地球上から姿を消していくのでしょうか。

IS自然消滅の見通しは、楽天的である

 結論からいうと、このままISが姿を消すというのは楽天的すぎる、というのが現在の政治リアリズムからの見方です。2014年に世界有数の石油生産とニネヴェの遺跡で知られるモスルを占領する時に動いたISの部隊は、わずか数百人。なぜそれが可能だったかというと、地元に支持者がいたからです。支持者たちはイランの援助を受け、イスラム革命防衛隊に牛耳られるイラク政府軍に対して強い拒否感を持っていたのだといいます。

 さらに、ISの影響力が地域限定ではなくグローバルであることは、欧米諸国におけるテロで「ホームグロウン・テロリスト」が活動していることからも分かります。彼らがこれまでの過激派組織とどう違っているのかは、出身母体であるアルカイダと比較してみるとよく分かります。山内氏の解説を聞いてみましょう。

遠い敵から近い敵へ、寄生から統治へ

 とうてい「国家」として国際社会に認められないとはいえ、ISが広大な領土を獲得し、実質的に統治しているのは事実です。それに対して、母体だったアルカイダは、すでにある破綻国家や独立主権国家の中に巣食うのが常套手段でした。「自前の国家を持つ」のと「他者の国家に寄生する」のでは、ガラリと印象が違います。

 9.11の米中枢同時テロの経緯を見れば明らかなように、アルカイダは普段は他国の山間部などに潜み、欧米の「遠い敵」と闘ってきました。中東に拠点を置くISは違います。彼らの敵は、主にアラブの為政者や独裁的な統治者という「近い敵」です。その相手は多岐にわたり、シーア派やアラウィー派だけでなく、同じスンナ派のクルド人グループ、クルドに派生した多神教のヤズィード教徒、キリスト教徒という「実績」を積んできました。ヨーロッパへの撹乱は、その一部でしかありません。

アルカイダとの「対話」が始まっている

 このように対照的なISとアルカイダとの間に「対話」ないし「政治交渉」が始まっているという話が複数の情報筋からもたらされています。単なる戦術レベルでの政治協力なのか、あるいは戦略レベルでの政治的・組織的合同なのか。もしも「グローバル・ジハード」を目指す両者が固く結合し、新しく統一された組織やテロ戦略が出されるとしたら…、世界の脅威はこれからが本番ということになりかねません。

 ISの活動は中東のみに限られていません。ヨーロッパにはすでに浸透した感がありますし、アフリカのサハラ砂漠を横切る広大な「サヘル」において、新たな動きが確認されています。まだまだ他人事だと考えている日本を脅かすのは、中国の新疆ウイグル自治区で、ISのシンパが動いているという情報です。自然消滅を願うのは、やはり楽観にすぎないようです。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授