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北畠親房が示した「批評」のお手本『神皇正統紀』
「悪口」と「批評」は別もの
敢えて競合他社については貶めず、とことん自社の良い点をアピールするのが、コマーシャルの世界の基本ですが、こと政治の世界では、対立相手をやりこめようと舌戦に集中するのが最近の傾向のようです。しかし、政策方針の議論よりも、個人的な失言や不祥事をここぞとばかりに取り上げて攻撃する様子には、いささかうんざり。いかに、対抗者の弱点をつき、味方陣営、自身の正当性を国民にアピールするのが重要とはいえ、まるで悪口合戦のような国会のやりとりを見ていると、「これってワイドショーの一場面?」と錯覚してしまいそうです。当然、それぞれ「悪口」ではなく「批評」のつもりなのでしょうが、自分の欠点、弱点はひた隠しにして、相手の欠点ばかりを責めるのでは、やはりそれは単なる「悪口」ととられても仕方ないのではないでしょうか。「批評」というものは、こちらもあちらも敵も味方も、客観的に観察、分析して、良い・悪いを双方に認める公正をものにしたうえで、論を展開していくのでなければ成り立たないものだと思います。
「批評」の名手・北畠親房
かつて日本には、批評の名手がいました。14世紀南北朝時代の南朝の中心的存在であった公卿・北畠親房がその人です。『神皇正統紀』の著者ですが、歴史学者である山内昌之氏は、親房の公正な批評眼に一目を置いていると言います。そもそも『神皇正統紀』は南朝方の正統性を説くべく著された歴史書であり、しかも、後醍醐天皇の後継である幼帝・後村上天皇のために書かれたもの。そうであるならば、その論調は、南朝の正統性、歴代の天皇の御代のすばらしさ一色となり、武家政権の弱点をつくものとなってもよいはずです。しかし、親房はまず、武家政治、武家方の良さをきちんと認めました。とりわけ後醍醐天皇が倒した鎌倉幕府の第三代執権、北条泰時を公正に評価しています。泰時が朝廷の意思を尊重することを忘れず、また御成敗式目制定により、法による安定した治世を行ったことを認めているのです。そして、北条政権は泰時の「余徳」があってこそ、七代にもわたる徳宗家を維持できたのであり、天命によって幕府が滅びたからといって、泰時の評価を南朝方が貶める理由にはならない、と断言しました。
北畠親房の正確にして公正な批評眼
南朝が倒した武家政権の優れた点を明確に評価した上で、北畠親房は南朝の中心人物でありながら、天皇方を冷静な目で観察することも怠りませんでした。それは、後鳥羽上皇が泰時の父・北条義時に対して討伐の兵を挙げた承久の乱(1221年)に疑問を呈したことにも表れています。親房は、「頼朝以降の鎌倉幕府には取り立てて失点もなく、人民の暮らしも安定していた。そのような政治を行っていた鎌倉政権を追討する前に、天皇・朝廷方は自らの統治資格を自問すべきではなかったのか。政権を転覆するからには、鎌倉幕府以上の徳政をしくための用意が必要だった」と述べているのです。さらに、後醍醐天皇による建武の新政が、わずか2年半で挫折した要因も客観的に分析しています。新政に貢献した人々も含め、恩賞や人事に関する不公平や不公正を顧みなかった、そのような天皇政治に対する不満が要因であると、親房は『神皇正統紀』に記しました。つまり、南朝側の不手際の記録さえ書き残し、後の世の教訓としたのです。
対立者の優れた点は公正に評価し、自身が身を置く側に対しても改めるべきところは、冷静に観察、分析した上ではっきりと指摘する。これぞ批評のお手本。現代の政治においても、言葉尻をつかんだり、揚げ足をとったりの舌戦ではなく、堂々たる正統批判の応酬を見てみたいものだと思わざるを得ません。
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