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DATE/ 2024.03.12

戦国武将に見る「正しい裏切り」の方法

 政治やビジネスの勢力争いでは「裏切り」「寝返る」といった背信行為は、憎むべきものと考えられるのが普通。現代でもそうですから、とりわけ武家社会では裏切り行為は憎むべきもの、恥ずべきことの筆頭に挙げられる、と私たちは思いがちです。しかし、歴史をひもとくと必ずしもそうではないということを、歴史学者・山内昌之氏は天下分け目の戦い、関が原の合戦における、ある武将を例に教えてくれます。

戦国武将にとっての正しい裏切り方

 その武将とは、小早川秀秋。豊臣秀吉の正室・北政所の甥にあたる血筋ゆえ豊臣家でも重んじられ、小早川隆景と養子縁組した後、関が原では当然のことながら豊臣側の西軍として、松尾山に陣を敷きました。しかし、秀秋はなかなか合戦に参加しようとせず、ついには途中で徳川方の東軍に寝返ったのです。

 武家社会では、今までの主君を捨て別の主君に忠義を尽くす「返り忠」、いわゆる裏切りを必ずしも忌むべきものとはしません。戦国武将にとっては、勝って、家臣や人民が安心して暮らせる世を手に入れることこそが、最優先事項。家を守って、家臣を食べさせ、民の暮らしを安定させるために、己の身の処し方を決める。そのための「返り忠」は決して非難されるものではありませんでした。

小早川秀秋にみる裏切り方の失敗例

 しかし、この秀秋の場合は「裏切るにしても裏切りようがあるだろう」と言われても仕方のないものだった、と山内氏は言います。まず、そのタイミングです。戦いが実際に始まる前の交渉段階でのことならともかく、秀秋は戦場に入って陣立てを組み、「盾(たて)」を向けて一旦は西軍として戦う姿勢を見せながら、態度を一変させたのでした。このようなふるまいを「盾裏の反逆」といって、戦国武将は最も忌避すべきものと考えていたのです。

 さらに、戦いに勝った後の態度においても秀秋は失敗しました。徳川に忠義を尽くすつもりで東軍に加わり戦功を立てたのなら、自分の働きに自信をもって堂々としていればよいものを、彼は関が原後の家康との接見の場で、芝にひざまずいて挨拶をしたと伝えられています。当時、まだ征夷大将軍にもなっていなかった家康と金吾中納言であった秀秋の間に、さほどの身分の差はありません。しかし、ここまで秀秋がへりくだって家康の前で卑屈な態度を示したことで、豊臣側の旧臣たちの立場まで貶めることとなってしまいました。家康もこの瞬間、「これで豊臣の天下は完全に終わった」とほくそ笑んだことでしょう。

家康も一目を置いた石田三成の方針

 変更のタイミング、その後の態度、すべてにおいて「返り忠」の範から外れていた秀秋と比べ、敗者でありながら家康本人が非常に敬意を払ったのが、西軍の要・石田三成です。切れ者でありながら、決して戦上手ではなかった三成ですが、最後の最後まで家康を苦しめました。そして、いよいよ負け戦が決まっても、木こりの姿に身をやつして再挙を図るための逃亡を企てたのです。彼が捕まった時、その変わり果てた姿を「見苦しい」と人々が嘲笑するなか、家康は一人、違う態度を見せました。

 家康は「生き抜いてこそ、何事も成し遂げられるもの。大望を持つものは一日の命もおろそかにしないものだ」と三成を弁護し、家にとことん忠を尽くそうとするその姿に敬意を表したと伝えられています。三成といえば、処刑前に所望した水の代わりに柿をさしだされ、「柿は腹によくない。大志を抱くものは最期まで命を惜しむものだ」と答えたという逸話が有名ですが、「明日の大事のために今日何をすべきか」を追求しつづけたこの武将に、家康もひとかたならぬ感慨を抱いたのでしょう。

「返り忠」と「盾裏の反逆」に学ぶ

 どんな時代でも、目的完遂のためには方針転換、時には「裏切り」と称される行為もついてまわることではあります。しかし、それにはやはりやり方というものがある。重要なのは、タイミングと、そして変更したからにはそう簡単にはぶれずに堂々とやりとおすこと。戦国武将のこうした振る舞い方は、あちこちで敵と味方が入り乱れ政局が混乱する現代でも、学ぶところは大きいはずです。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授