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『吾妻鏡』に読むリーダーシップのエッセンス
謎と魅力に満ちた『吾妻鏡』
古今東西の歴史書に精通する歴史学者・山内昌之氏は、数ある歴史書のなかでも鎌倉時代の歴史を記した『吾妻鏡』を謎と魅力に満ちた書であると言います。どんな謎に満ちているのかというと、それは、この書物がいつ、誰によって何のために書かれたのか諸説あり、専門家でもまだ結論を出せないからなのです。かつ、編年形式をとった鎌倉幕府の将軍年代記ともいえる書でありながら、実は鎌倉幕府の正史ではない、つまり誰かが命じてその歴史を書かせた公式のものではないという点も不思議です。しかし、日本初の武家政権、鎌倉幕府のありさまを如実に記し、武士による政治が日本の中世を担ったことを証明する大変意義深い書という点で、多くの魅力を持っているということに変わりはありません。
その特徴は「源氏に厳しく北条に甘い」
この書の特徴として、山内氏は「源氏三代将軍に厳しく、北条徳宗家に甘い」点を挙げます。源氏の二代将軍・頼家は、蹴鞠に凝って政治を顧みなかったと酷評され、三代将軍・実朝は『金槐和歌集』編纂という文化史上すばらしい業績を残しているのですが、武人らしからぬ公家肌の人物とされてしまっています。さすがに、初代・頼朝に対してはあからさまには悪く書いてはいませんが、批判と感じられるような内容が散りばめられています。たとえば、義経人気に比べて頼朝のイメージは今ひとつの感がありますが、それは「梶原景時が、義経のことを悪しざまに頼朝に告げ、義経に対する疑念を深めるように仕向けた。こんな悪い家臣が頼朝の周りにはいた」という話があるように、この名だたる歴史書が頼朝の評価を間接的ながら下げてしまっていることが、少なからず影響しているのかもしれません。なぜ、徳宗家を高評価しているのか?
一方、対照的なのは北条義時から時宗に至るまでの徳宗家に対する高い評価です。特に、御成敗式目を制定し、法治主義による武家政治の基礎を築いたとして、北条泰時を評価し、総じて徳宗家の善政を強調しています。また、泰時が「評定衆」「引付衆」といった役どころを定め、合議制による政策運営を可能にしたとも語っており、これは裏返せば、将軍による独裁的傾向のあった源氏三代を暗に批判しているともいえるわけです。結果的に北条氏による執権政治に対する高評価を巧みに演出した構成になっており、このことから、山内氏はこの「いつ誰が何のために書いたのか判然としない謎に満ちた書」に埋め込まれた執筆の意図を読み解きます。すなわち、「北条徳宗家は野心ゆえに、源氏が築き上げた政権を倒したわけではない。源氏の正統な血筋が途絶えたことをきっかけに、代わりに人々の安定した生活を実現するため、北条が政治の表舞台に立ったのである」と、作者はこう世に訴えかけたかったのだろう、と山内氏は見ています。
文永3年で記述が終わっている理由
北条徳宗家の正当性を訴えるため、という作者の意図を裏づけるもう一つの見方があります。それは、この本の終わり方についてです。『吾妻鏡』は文永3(1266)年で終わっているのですが、これは蒙古襲来による文永・弘安の役(1268~1281)のほんの少し前ということになります。実は、元寇といわれる蒙古襲来を撃退したものの、その後、十分な恩賞や領地を与えられなかったために、幕府に対する御家人たちの信頼は急速に薄れていきました。また、時期を同じくして平頼綱、長崎円喜ら一部の家臣が専制政治を行い始めたのです。拷問による政治批判の封じ込めや賄賂などで、本来あるべき政治の姿がゆがめられていきました。
源氏三代を通して批判し続けてきた政治のありようが、徳宗家に見られるようになってしまっては、これまでの執筆の根拠は失われてしまいます。恐らく執筆者は落胆しつつ、ここで筆を置くことを決断したのではないでしょうか。
現代の政治家、有権者にも読んでほしい歴史書
しかし、だからといってこの書が歴史的価値を減じたわけではありません。鎌倉武士の来歴をつぶさに語った『吾妻鏡』は、江戸幕府を開いた徳川家康と秀忠親子が愛読したことでも知られています。明確な歴史意識をもってこの本を深く読んだことは、パックス・トクガワーナを実現した江戸幕府の安定した政治運営に多大な影響を及ぼしたといえます。山内氏も、「この本にはいつの時代にも通用する政権の創業と運営、維持と発展に関する政治家のリーダーシップのエッセンスが書かれている。政治家だけでなく、有権者である私たち国民にもぜひ読んで欲しい本だ」と語っています。今は現代語訳でも、またマンガでも手軽に読めるようになっているので、政治の本質を考える参考書として一度手にとってみてはいかがでしょうか。
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