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マルコムXの「X」に込められた意味
意外に古いアメリカのムスリムの歴史
多くの移民で成り立っている国ゆえ、アメリカは「人種のるつぼ」、と言われてきましたが、近年では、るつぼのように混ざりあうというより、種々の文化が際立ちながら共存する多文化主義をもって、「サラダボウル」にたとえられることが多いようです。いずれにしても、ルーツは多様な民族にわたり、当然その背景となる宗教も多彩。アメリカの支配層の中核は、長らく“WASP”(ホワイト、アングロサクソン、プロテスタント)と称される人々で占められてきましたが、今はもう、“P”だけでなく“C”(カトリック)、“J”(ジューイッシュ)、“B”(ブッディスト)、“M”(ムスリム)なども入れなければ、アメリカを語るに十分とは言えないでしょう。
中でも、アメリカにおけるイスラム教徒ムスリムの数は非常に多く、その歴史もかなり古いものです。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、オスマン帝国の支配を逃れてアラブ地域から多くのムスリムの移民がありました。しかし、歴史学者である山内昌之氏によれば、むしろムスリムの集団移動としては17世紀から19世紀にかけて行なわれた奴隷貿易によるものが大きいのだそうです。
先祖代々の宗教も姓も捨てさせられたアフリカ系アメリカ人
しかし、奴隷としてアフリカから連れてこられたアフリカ系アメリカ人、いわゆる黒人の多くがムスリムだったのにもかかわらず、イスラム教とアフリカ系アメリカ人に強い結びつきがあることを知る人は多くはないのではないでしょうか。それは、彼らがアメリカに奴隷として連れてこられた際に、強制的にキリスト教に改宗させられていたからです。彼らは改宗だけでなく、先祖代々の姓も捨てることを強要されました。多くの奴隷を使う大農場(プランテーション)の主が、彼らを識別しやすいようにと、勝手に名前を変えてしまったのです。しかもその押し付けの名前には、“small”や “ugly”(醜い)など、差別的な意味が込められていることもしばしばでした。モハメド・アリがイスラム教に改宗する際に名前を変えたことは有名ですが、元の「カシアス・クレイ(clay粘土・土)」もこの類の姓でした。
“X”に込められた意味
アメリカのイスラム教徒として黒人解放運動を繰り広げ多大な影響力を及ぼしたマルコムX。彼が父から受け継いだ名前は、その昔、白人からつけられた“little”でした。マルコムXは、ネーション・オブ・イスラムのスポークスマンとして黒人解放運動に身を投じていくなかで、この屈辱的な“little”という姓を捨て、代わりに“X”と名乗ったのです。遠い昔にはく奪されたまま永久に分からなくなってしまった名前、未知としての“X”が、今度は黒人たちの自由を象徴する名として、全米にとどろいていきました。同時に、アメリカにおける黒人たちの宗教として、イスラム教も徐々に市民権を復活させていったのです。今、アメリカでは、「スーフィズム」と呼ばれるイスラム神秘主義が、アフリカ系アメリカ人のみならず、キリスト教やユダヤ教のバックグラウンドをもって育ってきた白人の中間層にも広がっているといわれます。スーフィズム、イスラム神秘主義というと、テロリズムと結びつけて考えがちですが、その本質は決してテロと関係するものではなく、自身の内面において神と同一化・一体化することで信仰を深める、実に内省的な特徴を持つ思想とされています。
複雑化された社会のなかで、適応できなかったり、閉塞感にとらわれたりしている自分。その自身の内面に深く向かい神と一体化することで救いを見出そうとする人々。多くのアメリカ人が、自身の内にある“X”に向き合うために、スーフィズムを信仰し始めているのかもしれません。
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