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DATE/ 2018.07.03

日本の物価はなぜ上がらないのか?

 2018年4月から、さまざまな商品やサービス、保険料や公共料金の値上げが続いています。生活者にとっては痛いことこの上ないのですが、それでも日銀は目標のインフレ率2パーセントを達成できず、金融政策の成果が見えないとしています。抜本的な景気回復の一つの指標として、この消費者物価の上昇が取沙汰されるわけですが、ではなぜ、日本の物価は思うように上がっていかないのでしょうか。

社会構造の違いを浮き彫りにする日米CPI比較

 法政大学経済学部教授の小黒一正氏はその要因の一つのヒントとして、日米の消費者物価指数(CPI)の比較を行います。商品、モノ全体としてはアメリカの方がデフレ傾向にあるのですが、注目すべきはサービス全体の物価です。

 日本では0.2パーセントしか上がっていないのに、アメリカでは3パーセントものアップ。特に病院サービスのカテゴリーでの日米の差が大きいのです。これは、アメリカが基本的に自由診療の国だからにほかなりません。日本は公定価格の診療報酬で統制がきいており、それは医療分野だけでなく大学の授業料についても同様です。それに対してアメリカでは、非常に多くの分野の価格が市場メカニズムのなかで機能しているのです。

 金融政策とは、つまるところこうした社会の構造問題に根差しています。小黒氏はこのことを指摘し、日本も今後、保険適用と保険外の自費負担を組み合わせた混合医療や、混合保育、混合介護などを広げていくべきだと説いています。

金融政策はあくまでも等価交換

 もう一つ、物価が上がらない理由として日銀が抱える問題があります。それは大量に発行されている国債です。なぜなら、日銀がいくら国債を買っても、国家全体の債務が減ることにはならないからです。

 大規模金融緩和政策の影響も看過できませんが、もっとも重要なのは政府と日銀の関係であり、小黒氏はそれを「政府が親会社、日銀が子会社」という関係のようだと説明します。

 日銀がやっているのは金融政策であって財政政策でないため、日銀が親会社、すなわち日本政府の国債を買っても親と子を連結して見た場合、債務は減りません。ですから、政府は消費税アップを初めとする課税政策でなんとか事態を打開しようとしているのですが、消費増税先送りなどその歩調は順調とはいえないのが現状です。

 たとえば、日銀が金融政策として400兆円の国債を買ったとしても、金融政策はあくまでも等価交換であり、政府の債務が400兆円分減ることにはならないというわけです。

国債は私たちの預金で支えられている

 日本銀行のバランスシートは全体で480兆円ほどで、その主な内訳は発行銀行券、当座預金、政府預金という負債となり、これが資産の国債を支えています。上述した金融政策が等価交換という理由の背景には、私たちの預金で国債を買い支えているという事実があります。日銀が民間銀行から国債を買う場合、その購入代金は民間銀行が持っている当座預金に振り込まれ、それが準備として記されます。こうしてバランスシート上変化するのは、国債と準備の部分だけということになります。

 こうした全体の流れを見れば、民間銀行は私たちが預けたお金から国債を購入し、準備は民間銀行の資産だけが日銀に預けられることとなる。日銀はそれを使って国債を買うという構図になり、結局これは日銀が持つ国債も、民間銀行がもつ国債もすべて私たちの預金で支えられているということになるのです。

 こうしてみると、物価が適正に上がっていくには、社会構造だけでなく、日本全体のお財布の構造改革が必要なのではないかと思えてきます。
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今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授