社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.09.12

大学の役割変化への思いが人生の岐路を決めた

 「人生100年時代」の到来を前に、政府は経済社会システムの改革に挑戦するといっています。それが「人づくり革命」です。人づくり革命では、幼児教育や高等教育の無償化が話題になっていますが、大学改革に大きな可能性を見ているのが、立命館アジア太平洋大学(APU)の出口治明第4代学長です。

大学の役割変化を急務とする小宮山氏と出口氏の出会い

 出口治明氏は、1948年生まれ。大学卒業後日本生命に30年勤め、還暦の年にライフネット生命(現ライフネット生命保険株式会社)を開業した異色の経歴の持ち主です。

 そんな氏が古稀を迎えた今、情熱を燃やしているのは、大学教育。初めて学長を公募したAPUの学長選考委員会に応え、「グローバルとダイバーシティを打ち出す大学として発信力のある人材」として内外から期待されています。

 経歴からは教育と畑違いに思える出口氏ですが、2005年から1年あまり、東京大学総長室アドバイザーを務めています。そこで出会ったのが第28代総長の小宮山宏氏でした。

 小宮山元総長が言ったのは、「東大自らが汗をかいて、社会に向けて『役に立たせてください』と飛び込んでいかなくてはいけない時期に来ている。それを実現させてください」という言葉。大学の役割変化を急務とする思いが、10年後に人生の岐路を決めることにつながったのだろうと出口氏は振り返ります。

ダイバーシティに溢れたスタッフと未来へのビジョン

 APUは2000年に大分県別府市に開学した私立大学。世界90カ国以上から学生を受け入れ、6000名の学生のうち半数を留学生が占めます。「若者の国連」とも言うべき多様性のぶつかり合う場所です。

 そのAPUが初の公募学長を迎えるにあたり結成した学長候補者選考委員会は、副学長をトップに教員5名、卒業生2名、職員代表2名の10名で構成され、うち4名を外国人が、3名を女性が占めます。学生にも負けないダイバーシティに溢れたメンバーの顔ぶれを見て、出口氏は「次に飛び込む場所」と感じたのだと言います。

 また、APUでは2030年のビジョンを作っています。APU で学んだ人が世界の各地に散らばり、おのおのの持ち場を見つけて自分のやりたいことに挑戦し、APUで学んだことをベースに自ら行動して世界を変えていくという壮大なものです。

教養=知識×考える力。イノベーションはそこから生まれる

 大学のリベラルアーツが見直される現在、出口氏は「教養」を「知識×考える力」だととらえ、イノベーションにもリテラシーにも結びつくものだと説明します。

 生産人口が減り、サービス産業が経済を引っ張る日本において、「知識×考える力」の重要性はますます重要。新しいメニュー開発のようなイノベーションも、素材に関する知識と、それを組み合わせたらどうなるかを考える力がなくては始まりません。

 言われてみるとシンプルな答えですが、戦後初めて独立系の生命保険会社を設立し、保険外交員をなくした直販のネット生保として軌道に乗せた出口氏の口から出ると、厚みや奥行きが違います。

 考える力を鍛えるのに王道はありません。最初は先人の発想パターンを真似し、自らそれを修正していくなかで、次第に鍛えられていくものだからです。

「日本の未来の先行指標」である大学教育を広い目で

 読書家としても知られる出口氏は、「人・本・旅」こそが人を成長させる糧だととらえています。

 いろいろな人に会い、多くの本を読み、さまざまな場所に出かけて自らを鍛える。大学の4年間は、そのための場所と時間を与えてくれる理想的な環境です。

 90か国から留学生の集まるAPUでは「人」の面はもちろん、異文化交流という点で、「旅」さえいながらにしてできてしまうかもしれません。もちろん図書館には豊富な書籍がそろっています。

 大学は、「日本の未来の先行指標」だと出口氏は言います。遠い未来へのビジョンを持ち、「人・本・旅」で自らを鍛え抜いて学ぶ体験がなければ、日本の未来はないとも極言できるということです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
雑学から一段上の「大人の教養」はいかがですか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造

宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
岡朋治
慶應義塾大学理工学部物理学科教授
2

日本は素晴らしい歴史史料の宝庫…よい史料の見つけ方とは

日本は素晴らしい歴史史料の宝庫…よい史料の見つけ方とは

歴史の探り方、活かし方(1)歴史小説と史料探索の基本

「歴史を探索していく」とは、どういうことなのだろうか。また、「歴史を活かしていく」とはどういうことなのだろうか。歴史作家の中村彰彦氏に、歴史を探り、活かしていく方法論を、具体的に教えてもらう本講義。第一話は、歴...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/11/14
3

脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは

脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(2)量子論と空海密教の本質

「ワット・ビット連携」の概念がある。これは神経と血管の関係にも似ており、両者が密接に関係するところから、それをもとに人間の本質について考察していくことになる。また、中村天風の思想から着想を得て、人間の心には霊性...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/13
4

なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ

なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ

編集部ラジオ2025(27)なぜ何回説明しても伝わらない?

「何回説明しても伝わらない」「こちらの意図とまったく違うように理解されてしまった」……。そんなことは、日常茶飯事です。しかしだからといって、相手を責めるのは大間違いでは? いやむしろ、わが身を振り返って考えないと...
収録日:2025/10/17
追加日:2025/11/13
5

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」のか?鍵は認知の仕組み

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(1)「スキーマ」問題と認知の仕組み

なぜ「何回説明しても伝わらない」という現象は起こるのか。対人コミュニケーションにおいて誰もが経験する理解や認識の行き違いだが、私たちは同じ言語を使っているのになぜすれ違うのか。この謎について、ベストセラー『「何...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/02
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授