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パリ五輪が100倍おもしろくなる、アスリートの「心と身体の整え方」(為末大先生)
いつもありがとうございます。テンミニッツTV編集長の川上達史です。
オリンピックはじめ世界大会で競いあうアスリートたち。その真剣勝負の「大舞台」に向けて、アスリートたちが「心と身体」をどう整えているのかは、とても興味深いところです。
もちろん、「心や身体の動き」は試合の真っ最中にも問われます。緊張やプレッシャーと、どう向き合い、克服するのか。強力なライバルとの闘いを、どう意識するのか。試合中の自分の心や身体を、いかにコントロールするのか。
そのような裏側を知れば、競技観戦のおもしろさが一気に深まることうけあいです。さらにスポーツから離れても、一流アスリートの「自分の高め方」は、自分の人生や仕事の大きなヒントとなる部分が数多くあります。
このコラムでは、為末大さんが「アスリートの透徹した考え方」「アスリートの自分の高め方」について、テンミニッツTVで縦横無尽にお話しくださった講義を紹介いたします。
為末さんは、陸上の400メートルハードルで、2001年世界陸上エドモントン大会と2005年世界陸上ヘルシンキ大会で銅メダルを獲得されました。これは、スプリント種目の世界大会で「日本人初のメダル」でした。さらにオリンピックには2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京の3大会連続で出場されています。
スプリント種目での初のメダリストである為末さんは、圧倒的に強い海外の選手たちと次々と戦ってきたわけで、その経験に裏打ちされた深い洞察は、胸に響くものばかり。「一流のアスリートは、ここまでのことを考えているのか」と圧倒されます(ちなみに、この質問のかなりの部分は、当日のインタビューの流れのなかで生み出された即興的なものです)。
この講義を視聴したかしなかったかで、もしかすると自分自身の人生も変わるのではないでしょうか。
ついつい誰かに話したくなるエピソードも山盛りです。今回のコラムでは、この為末さんの講義から、エピソードをいくつか紹介しましょう。
◆為末大先生:本番に向けた「心と身体の整え方」(全8話)
(1)ディテールにこだわる
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3846
アスリートは競技の本番に臨む自分を、事前にどこまでイメージしているか?
為末さんは、講義の冒頭でこうおっしゃいます。
《「練習」と「本番」とは違う点が1つあります。練習は失敗しても明日がありますが、本番は観客がいて、失敗すると明日がありません。この違いはとても大きい。
そのため、練習では、ただ身体の反復をするだけではなく、試合本番のときの自分の心の中というか、情動的な動きもイメージしておかないといけません。練習で身体は完璧にできるのですが、観客が数万人いるのを見た瞬間に、自分の心がどんな動きをするかは分からないからです》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3846
世界の強豪たちと闘おうとしている自分に、競技場にいる幾万もの目が注がれている。そればかりではなく、世界の幾億の人がテレビなどで注視している……。想像するだけで、身がすくみます。
では、アスリートはどのレベルのイメージを頭のなかで組み立てているのでしょうか。為末さんは、驚くほどに細かいディテールまでイメージしていたといいます。
《例えば、観客がどこにいて、自分の母親はどこで見ているか。風がどう吹いているか。ゴールした瞬間にインタビュアーはどこにいるか。何秒後にインタビュアーはこちらに来るか。マイクは何色か。どのタイミングで自分は泣くのか。そういうのを全部やっていきます。身体の動きのシミュレーションはすぐに済むのですが、心の中の、情動の部分、感情がどう動くかということも一緒にイメージをしていきます》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3846
「人が何か自然に動こうと思うときに、細かいディテールはとても大切」だと為末さんはおっしゃいます。このようなイメージを、どこまで細かく詰められるかが勝負の分かれ目になるのです。
試合で崩れないために…集中力をいかに保つか
為末さんは、試合のときに崩れていくパターンのほとんどの原因は、自分の意識が散漫になることにあるといいます。本来見るべき、集約すべきでないところに自分の意識が飛んでいったり、「失敗したらどうしよう」と未来のことを考えたり、「あの選手はどうなのだろう」と他人を考えたり……。
では、集中力を保つために、どうすればいいのでしょうか。
《この意識の散漫を防ぐために、物理的にというか、具体的に、試合のときになると、タオルをずっと見ながら、次はゴールを見てというふうに、自分が何を見るのかを決めて、そこから目を逸らさないようにしておくことはとても大事です。これが散漫になった瞬間に、心も一緒に散漫になっていってしまうからです。
そういうディテール、自分の視点を決めて、注意が解かれないようにしっかりやる。試合のときに「集中しろ」とコーチは言うのですが、どちらかというと「散漫を防げ」と言うのが正しい》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3846
「集中しろ」ではなく「散漫を防げ」だというのは、とても興味深いお話です。
為末さんは「集中しろ」といった場合、集中が途切れた場合に「集中しなければいけないのに、気がそれてしまった」と、ものすごく焦るのだといいます。
しかし、「散漫を防げ」といえば、それは「人の注意は基本的にはずっと揺れ動く」という前提に立っているので、集中が途切れてしまっても「もう一回戻せばいい」と思いやすく、焦らないで済むのだといいます。
さらに為末さんは、集中のスイッチを入れる方法は、「自分の意識で入れる」か「身体で入れる」かの2通りあるとおっしゃいます。だからこそ、意識と身体の動きとをリンクさせて、うまく身体の形を決めてルーティン化することで、より集中しやすくなるのです。
自分より強い相手と戦うときは?…乱れがちな心を取り戻す方法
一流同士の戦いになればなるほど、戦う相手と自分の実力の差が手に取るようにわかります。相手が全力を出し切ったら、自分は勝てない。あるいは紙一重の実力なので、自分次第で勝負がどう転ぶかわからない……。
そんな考えが、どうしても脳裏によぎるはずです。そのようなとき、どうすべきなのでしょうか。為末さんは、こうおっしゃいます。
《私たちの考え方は基本的には全部トータルするとシンプルで、コントロールできないものを意識することをやめて、コントロールできるものに意識を向けるということなのです。コントロールできない相手の調子、相手の実力を意識して、「勝てるかどうか」と考えた時点で崩れる可能性が高くなってしまうからです》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3847
大番狂わせが起きるのは、一方の選手がまるで1人でやっているかのように淡々と自分の力を発揮し続けて、もう一方の選手が相手を見過ぎて自滅するパターンだといいます。とりわけ陸上や水泳のように、基本的には相手に触れない競技の場合は、敗因はすべて自滅だと。
《だから、自分が自滅しないことにとにかくフォーカスします。「相手を自滅させよう」と思った人から自滅していくので、自分のレーンにとにかく向き合い続けるのが大事なのです》
《コントロールできないことに意識を向けるということが、私たちの世界で言うと、「気が散っている」ということになります。例えば、木が揺れていて気になっているのだけど、今、自分に止められるのかどうか。止められないのだったら、そこに気が行っていること自体がとてももったいないことですよね。
止めに行けないなら「思うだけ無駄」なので、自分に今からできることは何だろうかと、ひたすら考えます。ゴール前、あと1点で勝てるというときに、「勝ちたい」と思った瞬間に全部がすり抜けていくことはよくあります》
《ですから、先を見過ぎない、コントロールできないものを見ない、目の前で今から起きる自分のプレーだけがコントロールできるので、これをひたすらにやっていく。ということが大事なのですが、一番難しい》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3847
そのためにも、ルーティンを活用するのだと為末さんはいいます。動作そのものに集中して、「勝ちたい」「負けたくない」などの思いを排除し、自分の動きに集中するのです。
「揺らぐ自信」と「揺るがない自信」…勝ちにつながる自信論
為末さんは、「自信」には2種類あるとおっしゃいます。
《1つは、「これだけやってきた」という自信です。あんなことを成し遂げたじゃないかという過去の実績と、今の自分の状態での実績によって「うまくやれそうだ」ということになる自信ですね。
もう1つは、「ダメかもしれない。何かを失ったり、うまくいかないこともあったりするかもしれない。でも、うまくいかなかったとしても、結局何が本当になくなるのだろうか。何かはなくなっても、真ん中の自分はなくならないのではないか。だったら、思い切ってやって、ダメならそれでしようがない」と考えるときの自信です》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3848
為末さんは、このうち「しぶとい」のは後者の自信だといいます。
《前者の自信を持っている選手は、「自分よりも強い人間が出てきた……」と思ってしまった瞬間に、当たり前ですが、「うまくやれそうだ」という自信が揺らぐ。
一方で、後者は人との比較ではない自信です。いわゆる開き直りの自信です。だから、アスリートは前者の自信から入っていって、ある程度の年齢になっていくと、後者の自信に移行していくことが多い気がします。
だから、後者の自信を持っているようなベテラン選手と試合をするときはいやでしたね。本番前にこちらが調子がいい様子を見せても、しぶといというか、開き直っている。どうにか心を乱そうと思っても乱れないという印象がありました。
ですから、前者の自信でやっていくのも大事なのですが、後者の自信と混ぜ合わせたものを、私たちは「自信」と呼んでいることが多いですね》
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3848
この2種類の自信を意識しているだけでも、「自信」についての考え方は大きく変わることでしょう。
このコラムでは以上の紹介となりますが、為末大さんは、このテンミニッツTVの講義で、さらに次のようなことも詳細にお話しくださっています。
◆そもそも「ピークを合わせる」とはどういうこと?
◆「場数」によって勝ちやすさはどう変わるか?
◆どうすれば「大舞台」を楽しめるのか
◆「周囲からの期待」との戦い方
◆「限界」と「可能性」をいかに見極めるか
◆岩盤にぶつかったときの考え方
◆プロと素人の「見る目」はどこが違うか?
◆「スランプ」の抜け出し方
◆「違う刺激を入れてみる」と「迷走」の違い
◆コーチと選手の望ましい関係性は?
◆「自分の強み」で勝てなくなったときの発想法
◆失敗を生かせる人と、潰れてしまう人の違い
世界の第一線での真剣勝負で体得された「考え方」を学ぶのは、なんと贅沢(ぜいたく)なことだろうと、しみじみ実感できる講義です。ぜひご覧ください。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
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