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統計データが明らかにする『就職氷河期世代』の実態
「就職氷河期」という言葉があります。これは、1990年代半ばから2000年代初頭にかけて、バブル崩壊後の厳しい就職環境を表したものです。この世代の人々が直面した苦しい状況については、これまでさまざまに語られてきました。たとえば、「経済的に不安定なので家庭が築けない」「正社員でないと子どもが持てないから少子化が進む」「就職氷河期世代は挫折を重ねてひきこもりになりやすい」といったように、です。
しかし、これらの主張は個人の経験に基づくものが多く、必ずしも世代全体の実態を正確に反映しているとは限りません。なんとなく語られがちなこうした通説を、統計データに基づいて客観的に検証したのが、今回ご紹介する『就職氷河期世代 データで読み解く所得・家族形成・格差』(近藤絢子著、中公新書)です。
この世代の中でも、バブル景気崩壊直後の1990年代なかばに卒業した人たちと、2000年代初頭に卒業した世代では、新卒市場の状況に大きな差があります。そのため、1993~1998年卒業者を「氷河期前期世代」、1999~2004年卒業者を「氷河期後期世代」として区別し、本書では議論が進んでいきます。
氷河期前期世代は「未来は明るい」「努力すればしただけ報われる」と漠然と信じていたのに、バブル崩壊で「梯子を外された」世代だと、作家の雨宮処凛氏は書きました。そうだとすれば、氷河期後期世代はそもそも「梯子など最初からなかった世代」だと本書の著者は指摘します。
著者の近藤絢子氏は1979年生まれで、2001年に大学を卒業しています。これは、本書の分類だと氷河期後期世代に当たります。中学生時代にバブル景気の崩壊を目の当たりにし、その後「なぜこれほどまでに景気が悪いのだろう」という疑問を抱いたことが、経済学の道へ進むきっかけとなりました。
現在、近藤氏は労働経済学を専門とし、東京大学社会科学研究所の教授を務めています。特に若年雇用問題の専門家として知られています。著書には『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(共著、慶応義塾大学出版会)、『日本の労働市場』(共著、有斐閣)などがあります。
「就職氷河期世代は家族形成期に入っても経済的に安定せず子どもを持てない」という言説がまことしやかに語られます。たしかに、雇用が不安定だったり、経済的に余裕がなかったりするため、なかなか結婚できないという声はよく聞きますし、実感として理解もできます。そのため、特に疑われることなく信じられてきました。しかし、データが示す事実は、こうした通説とは異なるものでした。
2000年代半ばごろ、合計特殊出生率が1.3を割り込み、少子高齢化への危機感が高まっていました。当時の多くの書籍では、就職氷河期が未婚化・少子化を加速させたと論じられています。しかし、日本の出生率は就職氷河期が始まる20年以上前から一貫して下がり続けているのです。この問題の原因を、就職氷河期世代の雇用悪化だけに求めるのは不適切だと著者は指摘します。
むしろ、世代全体で見ると、若年期に雇用状況が悪かった世代ほど、出生率が改善していることがわかっています。たとえば、女性が産む子どもの平均数(平均出生児数)を見ると、就職氷河期世代の数値は彼らより上の世代に比べて低いものの、数値の推移に着目すると、氷河期世代では下げ止まり、安定してきたことがわかります。
女性の働き方の変化については、「就職氷河期世代の女性は、新卒時点での就職活動でこそ男性以上に苦労をしたが、20代後半以降はバブル世代よりも就業率が高く、しかも正規雇用で働きつづける割合が高かった」とまとめられています。
このように、出生率の下げ止まりや出産後の就業継続率の上昇など、就職氷河期世代には上の世代に比べて改善している側面もあるのです。
本書は、統計データの力を使って、就職氷河期世代に関する通説を次々に検証していきます。先ほど見た「就職氷河期世代は家族形成期に入っても経済的に安定せず子どもを持てない」という通説は、エビデンスに基づいていない主張として退けられました。さらに、著者は「就職氷河期後期世代が、若年期の雇用状況がとりわけ厳しかったにも関わらず、なぜ出生率を改善させられたのか」という問いを立て、ここに少子化対策のヒントがあるのではないかと示唆しています。
就職氷河期世代は現在約2000万人いると言われており、これは日本の総人口の6分の1に相当します。それだけの人たちが就職氷河期に関する経験をそれぞれに持っています。だからこそ、議論の前提として、個人の主観や経験によらないデータに基づく客観的な現状把握が重要だと著者は言います。ぜひ一度書店で手にとっていただきたい一冊です。
しかし、これらの主張は個人の経験に基づくものが多く、必ずしも世代全体の実態を正確に反映しているとは限りません。なんとなく語られがちなこうした通説を、統計データに基づいて客観的に検証したのが、今回ご紹介する『就職氷河期世代 データで読み解く所得・家族形成・格差』(近藤絢子著、中公新書)です。
「梯子を外された世代」と「梯子など最初からなかった世代」
「就職氷河期」という言葉自体は1992年ごろから使われていましたが、その定義には多少の幅がありました。また、「ロストジェネレーション」「ロスジェネ」「団塊ジュニア世代」といった、似たような言葉もその後使われるようになります。そこで本書では、1993~2004年に高校、大学などを卒業した人々を「就職氷河期世代」と定義し、分析対象としています。この世代の中でも、バブル景気崩壊直後の1990年代なかばに卒業した人たちと、2000年代初頭に卒業した世代では、新卒市場の状況に大きな差があります。そのため、1993~1998年卒業者を「氷河期前期世代」、1999~2004年卒業者を「氷河期後期世代」として区別し、本書では議論が進んでいきます。
氷河期前期世代は「未来は明るい」「努力すればしただけ報われる」と漠然と信じていたのに、バブル崩壊で「梯子を外された」世代だと、作家の雨宮処凛氏は書きました。そうだとすれば、氷河期後期世代はそもそも「梯子など最初からなかった世代」だと本書の著者は指摘します。
著者の近藤絢子氏は1979年生まれで、2001年に大学を卒業しています。これは、本書の分類だと氷河期後期世代に当たります。中学生時代にバブル景気の崩壊を目の当たりにし、その後「なぜこれほどまでに景気が悪いのだろう」という疑問を抱いたことが、経済学の道へ進むきっかけとなりました。
現在、近藤氏は労働経済学を専門とし、東京大学社会科学研究所の教授を務めています。特に若年雇用問題の専門家として知られています。著書には『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(共著、慶応義塾大学出版会)、『日本の労働市場』(共著、有斐閣)などがあります。
未婚化・少子化の原因は若年雇用の悪化ではない?――データが通説を覆す
本書では、就職氷河期世代の現状について、就業率、給与、雇用形態からはじめ、結婚や出産行動、さらにはあまり指摘されてこなかった都市と地方の違いまで幅広く分析されます。ここでは、その一部をご紹介しましょう。「就職氷河期世代は家族形成期に入っても経済的に安定せず子どもを持てない」という言説がまことしやかに語られます。たしかに、雇用が不安定だったり、経済的に余裕がなかったりするため、なかなか結婚できないという声はよく聞きますし、実感として理解もできます。そのため、特に疑われることなく信じられてきました。しかし、データが示す事実は、こうした通説とは異なるものでした。
2000年代半ばごろ、合計特殊出生率が1.3を割り込み、少子高齢化への危機感が高まっていました。当時の多くの書籍では、就職氷河期が未婚化・少子化を加速させたと論じられています。しかし、日本の出生率は就職氷河期が始まる20年以上前から一貫して下がり続けているのです。この問題の原因を、就職氷河期世代の雇用悪化だけに求めるのは不適切だと著者は指摘します。
むしろ、世代全体で見ると、若年期に雇用状況が悪かった世代ほど、出生率が改善していることがわかっています。たとえば、女性が産む子どもの平均数(平均出生児数)を見ると、就職氷河期世代の数値は彼らより上の世代に比べて低いものの、数値の推移に着目すると、氷河期世代では下げ止まり、安定してきたことがわかります。
冷静な議論のためにデータに基づく客観的な現状把握を
さらに、データからは意外な事実も示されています。就職氷河期世代の女性は、上の世代に比べて結婚・出産後の就業率が高いのです。女性の就業率は通常、卒業から年数がたつほど低下する傾向にあります。卒業直後の就業率は、バブル世代が最も高く、氷河期後期世代が最も低いものの、この差は数年以内に解消されます。さらに、卒業後5年以降になると、若い世代ほど就業率が高くなる傾向が見られます。これは、上の世代ほど結婚や出産で退職する女性が多かったためだと近藤氏は考察しています。女性の働き方の変化については、「就職氷河期世代の女性は、新卒時点での就職活動でこそ男性以上に苦労をしたが、20代後半以降はバブル世代よりも就業率が高く、しかも正規雇用で働きつづける割合が高かった」とまとめられています。
このように、出生率の下げ止まりや出産後の就業継続率の上昇など、就職氷河期世代には上の世代に比べて改善している側面もあるのです。
本書は、統計データの力を使って、就職氷河期世代に関する通説を次々に検証していきます。先ほど見た「就職氷河期世代は家族形成期に入っても経済的に安定せず子どもを持てない」という通説は、エビデンスに基づいていない主張として退けられました。さらに、著者は「就職氷河期後期世代が、若年期の雇用状況がとりわけ厳しかったにも関わらず、なぜ出生率を改善させられたのか」という問いを立て、ここに少子化対策のヒントがあるのではないかと示唆しています。
就職氷河期世代は現在約2000万人いると言われており、これは日本の総人口の6分の1に相当します。それだけの人たちが就職氷河期に関する経験をそれぞれに持っています。だからこそ、議論の前提として、個人の主観や経験によらないデータに基づく客観的な現状把握が重要だと著者は言います。ぜひ一度書店で手にとっていただきたい一冊です。
<参考文献>
『就職氷河期世代 データで読み解く所得・家族形成・格差』(近藤絢子著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/10/102825.html
<参考サイト>
近藤絢子氏のweb site
https://sites.google.com/site/ayakokondoissut/
近藤絢子氏のTwitter(現X)
https://x.com/AKondoUTISS
『就職氷河期世代 データで読み解く所得・家族形成・格差』(近藤絢子著、中公新書)
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2024/10/102825.html
<参考サイト>
近藤絢子氏のweb site
https://sites.google.com/site/ayakokondoissut/
近藤絢子氏のTwitter(現X)
https://x.com/AKondoUTISS
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