「ポスト真実」社会の教訓-トランプ勝利とブレグジット
2016年イギリス版流行語大賞“post-truth”
日本では2016年の流行語大賞に「神ってる」が選ばれましたが、イギリスでは2016年に「最も注目された言葉」が発表され、“post-truth” が選ばれました。これは、Oxford Dictionariesが世界の変動を表す言葉として選定したもので、「ポスト真実」、つまり客観的な事実や真実が重視されない時代を意味しています。加えて、“Post-Truth Politics”という言葉も頻繁に聞かれるようになりました。そこで、政治学者で慶應義塾大学大学院教授の曽根泰教氏に、この“post-truth”について、その背景や、今後“post-truth”社会にどのように向かっていくべきかなどについて、伺ってみました。
トランプ発言は“post-truth”のオンパレード
“post-truth”という言葉が注目された理由の一つは、もちろんドナルド・トランプ氏にあります。トランプ氏の言いたい放題、思いつき発言は、事実の裏付け、裏取りのない情報、“post-truth”のオンパレードでしたから。truth(真実、客観的な事実)が提供する知識は、真か偽か、時に役に立つか立たないか、面白いか面白くないか、といった価値を伴うものですが、トランプ氏はこのtruthを話題性、エンターテイメントとして「面白いか面白くないか」を巧みに察知し、まさに“post-truth”的発言を露出し続けました。たとえば、本当に実施できるのかどうかといった検討はしないまま「不法移民に対する防御策として、メキシコとの国境に万里の長城級の壁をつくる」と言ったり、「オバマ大統領はアメリカ生まれではない」と繰り返し発言したり(その後、アメリカ生まれだと確認されました)したことです。
そして、多くの人々がこうした“post-truth”的なトランプ氏の発言を、「面白がって」取り上げ、「次は何を言いだすだろう」と期待をし、時に支持をしました。
“post-truth”が運命を左右したBREXIT
しかし、事はもっと深刻です。“post-truth”をめぐる問題は、2016年6月に行われたイギリスのEU離脱(BREXIT)に関する国民投票で起こっていたのです。この時はまさに“post-truth”、つまり事実の裏取りがないまま情報だけが独り歩きし、国の運命を左右してしまった、といっても過言ではありません。国民投票に際して、離脱派は「イギリスはEUに週当たり3億5千ポンド(約440円億円、当時)を拠出している」と主張し、これを記したバスを全国に走らせるという一大キャンペーンを繰り広げました。「EUを離脱すれば、拠出金分を財政難の国民保険サービスに充当できる」という論法で、多くの人々に訴えかけ、結果としてイギリスのEU離脱が決定したのでした。
しかし、実際には「拠出金からの払い戻しが相当額ある」にもかかわらず、その事実を無視して国民投票にいたってしまったのです。その後、離脱派で英国独立党(UKIP)党首であるナイジェル・ファラージ氏がテレビでキャンペーンの間違いを認めたのですが、時すでに遅し、でした。
曽根氏はこのことについて、こう語っています。「拠出だけではなく戻ってくる額、つまり払い戻しのリベート分をなぜ議論しなかったのか。そのことが、メディアも政党も、あるいは国民も、今後の“post-truth”社会において重要なポイントの一つだ」