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イノベーションに必要な多様性を実現するには?

AIに善悪の判断を教える方法~新しい道徳論(2)2つの道徳モデル

鄭雄一
東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻教授
情報・テキスト
今の道徳には、個人に重点を置くモデルと、社会に重点を置くモデルがある。だが、鄭雄一氏は、いずれのモデルも、多様性と道徳をうまく両立させることができないと言う。グローバリゼーションの進む現代において多様性はどのように考えられるべきか、鄭氏が説く。(全8話中第2話)
≪全文≫

●イノベーションのためには多様性について考える必要がある


 それではまず背景について述べます。

 最初は、多様性と道徳性の関わりについてです。最高のものとかシステムとかサービスをつくり上げるには、国境や分野に関係なく英知を集める必要性があります。これはイノベーションを目指す人たちにとっては、当たり前のことだと思います。そうなると、境界を越えて多様性を実現することが鍵となります。

 このように、境界を越えて異なる価値観に触れるときに、各人の道徳体系が問われていると思います。グローバリゼーショングローバリゼーションといわれている今、道徳を根本から見つめ直す必要があるだろうと思います。

 今まさに世界の中では、世界中の人間は仲良くすべきという人と、よそ者は追い払うべきだという人の間で、激しい論争や争いが繰り広げられているわけですが、どちらにどのような根拠があるかは、明確にされていないし、議論にかみ合う点がほとんどないのです。それから、この議論は結局、自由と平等は両立するかというような議論だと思っています。このような非常に重要な問題に対して、われわれは何らかの考える道筋を与えないといけないと思います。


●貨幣価値軸とは独立した、道徳の価値軸の必要性



 それからもう1つ、幸福と道徳性の関わりがあると思います。

 道徳性と先ほどから確かに言っていますが、道徳とは要するに、善悪の区別になるかと思いますが、幸福と道徳性の関わりもとても大事であると思います。

 今、格差や差別や分断という言葉は世界で大きな問題になっているわけですが、これを超克しないことには幸福な世界はないと思います。この幸福な新社会システムの創造は、貨幣価値軸だけ考えていても多分無理でしょう。実際、貨幣価値軸が今、主になって世界が動いていると思いますけれども、これでは一向に格差や差別、分断はなくならない状態です。

 そうすると、貨幣価値軸とはある程度直交、つまり独立した軸が必要でしょう。しかもその軸は計測、可視化が可能じゃないと駄目だろうと思います。精神論ではいくらでも述べる人がいるわけです。道徳が大事だとか、人助けしなさいとか、世界平和が大事だというのですが、少しもこれが貨幣価値軸と比べて広まらないのは、計測、可視化ができていないことが問題だろうと思っています。

 こういうことが可能な価値軸をつくりたい。この2つが背景としてあります。


●既存の道徳の問題点を粗視化する


 では、最初の部分にかかりますが、まず態度としては一応科学者の端くれですので、問題点を検出して、分析して、統合してモデル化するという、非常に科学の通法にのっとった方法を取りたい、そのときにゼロベースで検討したいと思います。なんとか主義とか、なんとか教とか、なんとかイデオロギーなど、いわゆるポジショントークには頼りたくないわけです。

 残念ながら今まで道徳や幸福を論じたものは、途中まで素晴らしい議論が展開されていても、最終的な結論が個人個人の生まれ育った考え方、思想、宗教などに返ってしまうものが多いのです。人間ですから、生まれ育った環境を完全に脱することはできないのですが、そういうものにはなるべく頼らずやっていきたいと思います。

 本講義は9つに分かれていますが、まず1からいきたいと思います。まず既存の道徳の問題点についてです。

 これは以前の講演でも話したので、少し省ければと思います。問題点を挙げるのは、実は一番難しい作業で、設定を間違えると、そもそも何も解決できなくなってしまいます。まず問題自体を粗視化する態度が必要です。

 粗視化という言葉は、高分子化学でよく使います。高分子は小さい分子のユニットが、たくさん繰り返されて出てくる、細長い分子のことを言うのですが、これは細長くたくさんつながることで、一個一個の分子を見ても性質は分かりません。それよりも少し引いて、幾つかの分子の連なりを1つの塊として見ることで、初めてその性質が表れてきます。そのような粗視化、つまり少し引いて大きな特徴をつかまえるということをしてみたいと思います。

 まず、道徳における未解決問題を挙げてみたいと思います。このときには最もしてはならない行為と悪い行為を一般的に考え、殺人を例に取りたいと思います。

 そうすると、疑問の1は「誰が、なぜ、殺人はいけないと決めるのか?」というものです。これを聞くと大体次のような回答が返ってきますが、これを粗視化整理すると大きく2つに割れています。
 「社会の...
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