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秋の収穫から1年間の食料計画を立てていた縄文人

概説・縄文時代(7)厳しい環境下での食料計画

山田康弘
国立歴史民俗博物館 研究部 教授/総合研究大学院大学 日本歴史専攻 専攻長
情報・テキスト
水田稲作などの農耕生活にまだ入っていない縄文人にとっては、食料をどのように調達するかという点は非常に重要な課題であった。彼らは最も食料が不足する春や初夏に備えて、木の実などの収穫時期である秋から1年間の食料計画を立てていたのである。また、安定して食料を消費するために、保存や狩猟に対してもさまざまな工夫をこらしていた。(全13話中第7話)
時間:09:28
収録日:2019/06/04
追加日:2019/11/05
ジャンル:
≪全文≫

●食料が不足する春から初夏を見越して計画を立てていた


 定住生活が徐々に発展していくにつれて、縄文人の生活はある一定の型を持つようになっていきます。食料について考えてみましょう。

 日本列島は温帯に位置しています。したがって、春夏秋冬の四季があります。それでは、日本列島域において、最も食べ物が多くなる時期はいつでしょうか。皆さんにもすぐお分かりいただけるかと思いますが、秋ですね。実りの秋、収穫の秋などとも呼ばれます。さまざまな木の実が採集できます。また、サケやマスが川に戻ってきます。このように、食料の総量、これをわれわれは「バイオマス」と呼びますが、そのバイオマスの量が最も大きくなるのは秋です。

 一方で、最もバイオマスの量が少なくなるのはいつでしょうか。寒くなる冬だと思われる方は多いかもしれません。しかし、冬には、例えば秋に荒食いをしたシカやイノシシは多くの栄養を保持しています。そして、雪が積もっていると足跡を追跡しやすく、さらに落葉広葉樹林の葉が落ちるために見通しが利くので、冬は一番狩猟に適した時期なのです。縄文時代の人たちも、シカやイノシシ、場合によっては冬眠しているクマやウサギを狙うのは、おそらく冬だったと考えられます。

 それでは、バイオマスの量が最も小さくなるのは、実は春から初夏にかけての時期です。山を見ると、山菜があります。しかし、彼らの重要なカロリー源となるデンプン質は、それほど多くありません。海に行けば、確かに貝は拾えます。ところが、貝は重量で考えてみますと、貝殻が重い割には中身はそれほどありません。

 このように、彼ら自体が身体を動かすエネルギーとなる炭水化物の量は、春から初夏にかけて大きく減ります。逆にいうと、彼らは秋に食料を多量にストックして、ほぼ1年後に当たる次の年の春から初夏にかけての時期をどのように乗り切るかという1年間の食料計画を立てるのです。


●年間食料調達カレンダーに見る縄文人の食料生活


 最近、博物館では、縄文時代の年間食料調達カレンダーが展示されていることがあります。それを見ると、狩猟は冬に行われ、クリやドングリ、トチやキノコなどの山菜や木の実の採集は秋に行われます。夏には魚を捕り、春にはワラビなどのさまざまな山菜を採集します。このような1年間にわたる食料調達の方法が円形に展示されていますし、そうした縄文カレンダーを博物館などで見ることができるかもしれません。

 縄文時代の人たちの生活は、手に入った食料をその日のうちに食べてしまうという、その日暮らしではありませんでした。もちろん新鮮なうちに食べるという側面もあります。例えば、縄文時代の人たちは普段の食料生活の中では、なかなか甘味を入手することができません。ですので、ヤマブドウやアケビ、コクワの実などは、おそらくすぐ食べていたでしょう。

 しかし、彼らがメジャーフードと考えていたであろう木の実やシカやイノシシなどの肉類に関しては、その日のうちに食べきるのではなく、貯蔵穴に保存する、あるいは燻製や塩漬けにするなどして、保存食として用いていました。このことは、彼らの生活にとって非常に重要な点です。縄文人は、食料を貯蔵して計画的に食べるということを、非常に効果的に行っていた人たちだったのです。


●イノシシやシカを狩猟する際に野生の犬を猟犬として用いていた


 また、狩猟は冬に行うと説明しましたが、ただ闇雲に弓矢を持って動物を追いかけ回しても簡単には獲物を捕ることはできません。そこで、縄文時代の人たちは、野生の犬を飼い、手なづけることで、狩猟の際に猟犬としてこれを用いていました。

 当時の犬は、現代の柴犬をもう少し小さくした小型犬が多いので、例えばイノシシなどの大型の動物にぶつかって、これを噛み倒すというタイプの猟犬のようなことはできません。しかし、大勢で追いかけて、弓矢を打つ射手の前に連れてくる、また射止めた鳥を持ってくるなどの、いわゆるポインター、セッター、リトリバーとしての役割を、おそらく数頭の犬がまとまって果たしていたと考えられます。

 興味深いことに、こうした猟犬だと思われる犬は、成人男性の墓のそばに埋葬されていることがあります。ですから、男性と犬には、縄文時代に強い結び付きがあったのだろうと考えられます。その結び付きは、犬が猟犬であり、男性が狩人であったこととつながっており、そのような犬を用いて、シカやイノシシを捕っていたのだろうと考えられるわけです。

 野ウサギやアナグマ、タヌキ、キツネなども、主要な食料対象になった...
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