●「上手に思い出すこと」は、実は非常に難しい
-― 皆様、こんにちは。本日は執行草舟さんと渡部玄一さんにご登場いただきまして、渡部昇一先生にまつわるお話で、「教養と明朗なる人生」というテーマでお話しいただこうと思っております。両先生、どうぞよろしくお願いいたします。
執行 よろしく。
渡部 よろしくお願いします。
―― 今日は、実は渡部昇一先生が建てられた書庫の中からの収録になっております。これは渡部昇一先生が相当な思いを込めておつくりになった建物(自宅兼書庫)ということですね。
渡部 そうですね。
―― いつ頃お建てになったんですか。
渡部 2008年ぐらいから、こちらに住み始めました。それ以前に住んでいた家もそこそこ広かったのですけれども、とにかく本があふれて階段まで山積み、一部床が抜けたりして、「もう、これはまずい」ということで(笑)。
近くに父の散歩コースの公園がありまして、以前からその近くに住みたい気持ちがあったので、全精力を傾けて、いくらでも本が置ける大きな書庫という気持ちで、ここを建てたようです。
―― 拝見するだけでも「夢の建物」というか、夢の世界のようなところです。今、お話にも出ましたが、渡部玄一さんは渡部昇一先生のご長男で、チェロ奏者でいらっしゃいます。ご著書も、海竜社から『ワタナベ家のちょっと過剰な人びと』と、お亡くなりになったあとで発刊された『明朗であれ』を出しておられます。
執行さんには今日、印象に残った渡部昇一先生の本をお持ちいただきました。ご紹介いただいてよろしいですか。
執行 昇一先生の本は、印象に残った本は言いだしたらきりがないので、とりあえず近くにあった何冊かを持ってきました。ここに来るにあたって前もって読んだのは、玄一さんが出したばかりの『明朗であれ』です。これが本当に名著ですね。素晴らしいです。
渡部 恐縮です。
執行 私はエッセイが好きで、たくさん読んでいますが、ものすごく温かい。これを読んで一番最初に思い出したのは、昇一先生の本も温かかったということです。大学生のときからずっと読んでいますが、昇一先生は学者なのに本からすごく温かみを感じた。遺伝体質といいますか、それをすごく感じました。
今日のテーマである「教養」ということでいうと、私が一番重要視している思想があって、それは小林秀雄さんの有名なエッセイ『無常といふこと』に出てくる「上手に思い出すことは非常に難しい」ということです。高校生のときに読んですごく衝撃を受けたので、今でも覚えています。その思想を最も感じるのが、学者では渡部昇一、エッセイとしては息子さんの『明朗であれ』です。自分の人生で起こったことを上手に思い出す。素晴らしい思い出し方をされています。
これは簡単そうに見えて、ほとんどできない。だいたいは、思い出し方が悪い人が多い。ところが玄一さんの本は、ものすごく美しい。つまり、思い出し方がうまいんです。嫌なこともあっただろうし、現世だから当然、私も含めてみんな泥水も舐め、汚いものも経験してきています。それはわかっていることなのだけれども、その中から泥水をよけたり嫌がる奴はダメです。嫌がらずに全部食べて飲み込んで、飲み込んだ中から、それを身体の中で生合成して、美しいものに変換し、もう1回出してくる。これが小林秀雄が言った「思い出すのは難しい」ということだと思います。
それを見事にやられているのが昇一先生で、玄一さんの本にも実際に、ものすごく美しく、温かいものがある。それも、読んでくださればわかるけれども、いい思い出ばかり羅列するのではない。当然、親の嫌なところや自分も含めて嫌なところ、嫌な経験まで、すべて思い出されている。それが読む者に「美しいもの」として打ち込まれる。
これは簡単に言うと、人間性です。私は昇一先生が、こういうお子さんを持っていることにも衝撃を受けます。あのお忙しい中で、あれだけの業績を残された方が、こういう温かい家庭と、温かい息子さんを持っていることに、本当に衝撃を受けるのです。暇な人は別として、あれだけの業績を残された人は、普通そういう温かいものをなかなか家庭には残せません。でも残されている。そういう意味でも、ぜひ読まれるといい本です。
そして、玄一さんが『明朗であれ』という昇一先生の思想を、本の題名に選ばれている。私も自著の題名には誇りや自信を持っていて、どれもすごい題名だと思っていますが、これには負けました。こんな簡単な言葉で思想を表している。素晴らしい題名です。
私も人生で、何よりこれが一番大切だと思う。しかし、大切だけれども、なかなか出てこない。こういう簡単な言葉は、教養の裏打ちが相当ないと出ない。私自身も出ない。やはり、どうしても格好をつけてしま...