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長男を2歳で失ったときに救ってくれた言葉

勇気について(2)真実を受け入れる勇気

対談 | 執行草舟村井満
情報・テキスト
実は村井氏は、大きな悲劇に直面している。長男を2歳で失ったのである。深い悲しみに打ちひしがれ、現実が受け入れられず、絶望のなか執行草舟のもとを訪れると、執行草舟が発した言葉は「それは、ある意味よかったのかもしれないよ」「自分たちのいい意味の“身代わり”になって死んでくれたのだ」というものだった。この言葉は、村井氏にいかに響いたのか。そして、「真実を受け入れる勇気」とは、どのようなものであるのか。(全10話中第2話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
時間:16:37
収録日:2021/09/02
追加日:2021/11/05
キーワード:
≪全文≫

●長男を2歳で失って


執行 今日は「勇気」について、しゃべりたいと思っています。村井さんとの関係で、深い勇気を感じたのです。

 勇気というと、普通は「蛮勇」のようなことばかり言うのですが、しかし私は、人間が(社会人が)持っている本当に深い勇気を、村井さんにずいぶん感じたことがあるのです。

村井 そうですか。

執行 それを語りあいたいと思っています。

 最初にそれを思ったのは、私はこれを今でも忘れません。話としてはすごく失礼な話ですが、村井さんはご長男を2歳で亡くされています。これは大変なことだと思うのですが、その話をされているときがありました。

 私は人間の運勢や生命燃焼、因縁、本当の生きるとは何か、生命とは何か、そんなことをずっと研究し、追究している人間です。村井さんが奥さんとご夫婦で来られたとき、非常に悲しみの底だったのですが、私は「穢れる前に死ぬ命の尊さ」や、「一番美しい魂を持っている人間が、家系の中の一番悪いものを背負って早く死んでいく、夭折していく」といった話をしました。「これによって家系は浄化され、非常に素晴らしいものに将来なっていくのだ」と。

 これは大変なことです。これで村井さんとの人間関係が、アウトになるかもしれない話です。悲しんでいる人に言うのですから。

村井 そうでしたね。

執行 私が言っているのは理屈です。私は正しい思想だと思っていますが、人生は正しいものが全部通るわけではありませんから。村井さんが怒るのを覚悟で、私はしゃべりました。そのときに村井さんは非常に深く捉えてくれた感じでした。

 非常に早く死んだ子供が、自分たちのいい意味の“身代わり”になって、自分たちの持つ悪徳を連れて死んでくれた。だから自分たちは、その分まで生きなければならない。そういう話を理解してくれたように思いました。

村井 本当に、そのとおりですね。

執行 そこに私は「この人は違う」と思いました。

村井 そうですか。

執行 あれは普通は無理です。若くして死んだ子供もそうですが、2歳、3歳というと、これは理屈はありません。そこに私は踏み込んだわけです。これをやるから、普通は嫌われるのですが。

 私は生命の尊さについて研究するのが一番好きな人間なので、やっぱり生命の本質をしゃべりたい。それを受け取ってくれた数少ない人です。

 私の本に書いてあるのは、「不幸」が人間の生命の燃焼の「根源」になるという話です。これは良い悪いではありません。人生で出会った不幸をそう捉えた人だけが、死んだ人に対する本当の供養になり、次の発展にもなります。

 私は村井さんのその後の人生を知っているから言うのですが、村井さんがそう捉えたことが、それからの発展につながったと思います。

村井 もちろんです。

執行 奥さんもあれから新しい道を切り開かれて、自分の道をきちんと歩んでいる。素晴らしい夫婦なのです。そういう夫婦になれた。私はあのとき生命論の本質をしゃべったつもりですが、これは村井さん自体が生命論を会得し、自分の人生に活用する魂を持っていたということです。そこに私はものすごく、村井さんの「静かな勇気」を感じたということなのです。

 これは大変なことです。私は勇気について考えている人に、村井さんとの対談を種にして言いたいと思っています。「本当のこと」、つまり「真実」を受け入れる勇気が、最大の勇気です。これは、ほとんどの人が持っていません。真実は、本当に悲しいものですから。これだけは、言葉にはできません。真実と直面したときの悲しさは、普通の人間には耐えられません。

 しかし、それこそ宗教家も言っていますが、人生はそういうことなのです。道元やキリストなどを持ち出すまでもない。ただ、現世で生きている人間がそれを語るときは、理屈や理論になってしまう。理論を言うのは、すごく危険なことです。

村井 ただ、私はそのとき……。正直に言うと、私は本当に仕事人間で、家庭で2歳の子供と過ごした時間もそんなにありませんでした。自分の子供が死ぬのですけれども、その日は朝2時ぐらいに帰宅したとき、子供は母親と一緒に寝ていたので、赤ん坊のベッドに子供を移して、私は空いたところに倒れ込みました。

 朝7時か8時ぐらいになったら、子供が私たちの真ん中にきていました。私が動かしたのに、また戻ってきたわけです。もうそのときには、いわゆる心臓突然死で死んでいたのです。

 この現実が、あんまり受け入れられず、「何だ、これは?」というくらいでした。しかし、家内が本当に滅入ってしまって、食事もとれなかった。これはもう執行さんのところに行こうということになり、現実を受け入れられない2人が「助けてください」に近い感じで行った。すると、いろいろ話を聞いてくれ、「それは村井...
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