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「2代目」の役割に徹した徳川秀忠
徳川永続の境目は3代目にあり
「売り家と唐様で書く三代目」。初代が苦労して財を築いても、3代目で家も売らなければならないほど落ちぶれて、「売り家」と書いた字は金にまかせて身につけたしゃれた唐様の書体である--何とも皮肉な川柳ですが、このほかにも「長者三代」「三代続けば末代続く」など、家系の存続は3代目が境目であることを表す言い回しが多数あります。260年以上にわたる泰平の世を築いた徳川幕府の2代将軍・秀忠も、この「3代目の法則」を心していた人物だったようです。日本最初の武家政権として鎌倉幕府を創設した源氏も、頼朝、頼家、実朝の3代しか続かず、政権を北条氏に譲っています。こんなことも念頭にあったのでしょう。徳川秀忠は、3代将軍がいかに安定した政権となり得るかが将軍家永続の鍵を握ると考え、自身が将軍であった頃から、また将軍から大御所に退いてもなお、3代家光の座をゆるぎないものにするために、あれこれと策を講じたのでした。
3代将軍の第1のライバルは徳川忠長
秀忠がどんな策で、盤石な徳川政権のために腐心したのか。それは「3代将軍家光のライバルを徹底して排除する」ということだった、と歴史学者・山内昌之氏は語ります。秀忠が家光の第1のライバルとみなしたのが、家光の弟・徳川忠長、つまり家光と同じく正妻・お江与との間に設けた息子です。長子の家光が後を継ぎ、弟の忠長が家臣として徳川家を支える。まず順当な人選と思えますが、しかし、忠長はそうは思いませんでした。
忠長は当初、駿府と甲州50万石の藩主を命じられます。この領地は、東海道の要衝を持ち、豊かな農作物も生みだす風光明媚な土地柄。将軍に次ぐナンバー2にふさわしい地位を与えられたと考えてよいはずなのですが、忠長はこの50万石に対して「加賀前田の半分しかない」と大いに不満を抱きます。酒と女色におぼれたあげく、狂気を帯びるようになり、ついには人を殺めてしまうことも何度かあったため、秀忠はその領地を没収し、忠長を幽閉。その後、幕命により忠長は高崎にて自刃しました。
第2のライバルは家康の孫にして家光の従兄・松平忠直
秀忠に目をつけられたもう一人の人物が、松平忠直です。忠直は、徳川家康の次男・秀康の長男。つまり、家康の孫であり家光とは従兄同士という堂々たる血筋。秀康が一度豊臣家に養子に出たことがあるため、徳川正統の流れからは外れましたが、忠直自身は秀忠から随分と気に入られ、「忠」の一文字をもらい、また秀忠の娘・勝姫を正室に迎えています。父・秀康が賜った越前松平家は60数万石の大家であり、「制外の家」、つまり当時の法や政治制度の規制の外にある、いわば治外法権的な存在。特別扱いのお墨付きがあるため、秀康にも忠長にも「世が世なら自分が将軍であっておかしくない」という思いが強かったのでしょう。忠直は、大坂夏の陣の戦功に対する恩賞への不満もあり、江戸参勤を怠るなど次第に好き勝手なふるまいをするようになります。勝姫殺害の企てなどの疑いもあり、ついに秀忠は松平忠直の改易に踏みきりました。こうして、秀忠は3代将軍にかぶさる曇りを一掃し、盤石な体制の礎を作ったのです。
この親にしてこの子あり、を地でいった秀忠、家光親子
一般的イメージでは、権現様と神格化された徳川家康と名君と称された家光の間にはさまって、秀忠は凡庸と思われがちです。武将としてもさほど目立った武勇伝、功績はなく、父・家康も自分の路線を律儀に継承し、始まったばかりの徳川家の土台を固めてくれることに期待して、後継者に選んだと言われています。しかし、3代目が勝負時と心得て、徳川の治世の安泰を末代まで見据えた眼力と画策力は、決して「凡庸」の言葉では語れません。また、家光が自分の手をライバル排除という所業で汚すことなく、きれいに整備された将軍の道に真っ直ぐ入っていけるようにしたのも、秀忠が3代目のためにしなければならないことを肝に銘じていたからでしょう。
もちろん、家光も単に恵まれた環境を受け継いだだけでなく、本人の優れた資質で将軍家をゆるぎない存在にしていったのはご存じのとおりです。懸案の熊本・加藤家を改易して外様大名一色だった九州を統治下に置く。今でいうチェック・アンド・バランスのシステムとなる総目付を設置するなど、先代から学んだことを実践で磨いて形にしていく名手でした。
260年余りのパクス・トクガワーナは、いい意味での「カエルの子はカエル」、それも別格のトノサマガエル秀忠、家光親子がいてこそ、成し得たといえるかもしれません。
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