テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.08.29

「2代目」の役割に徹した徳川秀忠

徳川永続の境目は3代目にあり

 「売り家と唐様で書く三代目」。初代が苦労して財を築いても、3代目で家も売らなければならないほど落ちぶれて、「売り家」と書いた字は金にまかせて身につけたしゃれた唐様の書体である--何とも皮肉な川柳ですが、このほかにも「長者三代」「三代続けば末代続く」など、家系の存続は3代目が境目であることを表す言い回しが多数あります。

 260年以上にわたる泰平の世を築いた徳川幕府の2代将軍・秀忠も、この「3代目の法則」を心していた人物だったようです。日本最初の武家政権として鎌倉幕府を創設した源氏も、頼朝、頼家、実朝の3代しか続かず、政権を北条氏に譲っています。こんなことも念頭にあったのでしょう。徳川秀忠は、3代将軍がいかに安定した政権となり得るかが将軍家永続の鍵を握ると考え、自身が将軍であった頃から、また将軍から大御所に退いてもなお、3代家光の座をゆるぎないものにするために、あれこれと策を講じたのでした。

3代将軍の第1のライバルは徳川忠長

 秀忠がどんな策で、盤石な徳川政権のために腐心したのか。それは「3代将軍家光のライバルを徹底して排除する」ということだった、と歴史学者・山内昌之氏は語ります。

 秀忠が家光の第1のライバルとみなしたのが、家光の弟・徳川忠長、つまり家光と同じく正妻・お江与との間に設けた息子です。長子の家光が後を継ぎ、弟の忠長が家臣として徳川家を支える。まず順当な人選と思えますが、しかし、忠長はそうは思いませんでした。

 忠長は当初、駿府と甲州50万石の藩主を命じられます。この領地は、東海道の要衝を持ち、豊かな農作物も生みだす風光明媚な土地柄。将軍に次ぐナンバー2にふさわしい地位を与えられたと考えてよいはずなのですが、忠長はこの50万石に対して「加賀前田の半分しかない」と大いに不満を抱きます。酒と女色におぼれたあげく、狂気を帯びるようになり、ついには人を殺めてしまうことも何度かあったため、秀忠はその領地を没収し、忠長を幽閉。その後、幕命により忠長は高崎にて自刃しました。

第2のライバルは家康の孫にして家光の従兄・松平忠直

 秀忠に目をつけられたもう一人の人物が、松平忠直です。忠直は、徳川家康の次男・秀康の長男。つまり、家康の孫であり家光とは従兄同士という堂々たる血筋。秀康が一度豊臣家に養子に出たことがあるため、徳川正統の流れからは外れましたが、忠直自身は秀忠から随分と気に入られ、「忠」の一文字をもらい、また秀忠の娘・勝姫を正室に迎えています。

 父・秀康が賜った越前松平家は60数万石の大家であり、「制外の家」、つまり当時の法や政治制度の規制の外にある、いわば治外法権的な存在。特別扱いのお墨付きがあるため、秀康にも忠長にも「世が世なら自分が将軍であっておかしくない」という思いが強かったのでしょう。忠直は、大坂夏の陣の戦功に対する恩賞への不満もあり、江戸参勤を怠るなど次第に好き勝手なふるまいをするようになります。勝姫殺害の企てなどの疑いもあり、ついに秀忠は松平忠直の改易に踏みきりました。こうして、秀忠は3代将軍にかぶさる曇りを一掃し、盤石な体制の礎を作ったのです。

この親にしてこの子あり、を地でいった秀忠、家光親子

 一般的イメージでは、権現様と神格化された徳川家康と名君と称された家光の間にはさまって、秀忠は凡庸と思われがちです。武将としてもさほど目立った武勇伝、功績はなく、父・家康も自分の路線を律儀に継承し、始まったばかりの徳川家の土台を固めてくれることに期待して、後継者に選んだと言われています。

 しかし、3代目が勝負時と心得て、徳川の治世の安泰を末代まで見据えた眼力と画策力は、決して「凡庸」の言葉では語れません。また、家光が自分の手をライバル排除という所業で汚すことなく、きれいに整備された将軍の道に真っ直ぐ入っていけるようにしたのも、秀忠が3代目のためにしなければならないことを肝に銘じていたからでしょう。

 もちろん、家光も単に恵まれた環境を受け継いだだけでなく、本人の優れた資質で将軍家をゆるぎない存在にしていったのはご存じのとおりです。懸案の熊本・加藤家を改易して外様大名一色だった九州を統治下に置く。今でいうチェック・アンド・バランスのシステムとなる総目付を設置するなど、先代から学んだことを実践で磨いて形にしていく名手でした。

 260年余りのパクス・トクガワーナは、いい意味での「カエルの子はカエル」、それも別格のトノサマガエル秀忠、家光親子がいてこそ、成し得たといえるかもしれません。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

米長邦雄のアンラーニング、弟子の弟子になってV字成長

米長邦雄のアンラーニング、弟子の弟子になってV字成長

経験学習を促すリーダーシップ(2)経験から学ぶ力

人が成長していくために重要な経験学習。その学習サイクルを適切に回していくためには、「経験から学ぶ力」が必要になる。ではそこにはどのような要素があるのか。ストレッチ、リフレクション、エンジョイメントという3要素と、...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/17
松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授
2

日本と各国の比較…税負担は低いが社会保障の負担は高い

日本と各国の比較…税負担は低いが社会保障の負担は高い

続・日本人の「所得の謎」徹底分析(1)各国の財政と国民負担

国民の税負担を増やすか、政府の財政支出を増やすか。前回の講義《日本人の「所得の謎」徹底分析》に続き、見解の分かれる日本の財政に関する議論を今一度整理し、見通しを与える当講義。まずは日本の財政と国民の負担の現在地...
収録日:2025/07/10
追加日:2025/09/17
養田功一郎
元三井住友DSアセットマネジメント執行役員 YODA LAB代表 金融・経済・歴史研究者
3

地球上の火山活動の8割を占める「中央海嶺」とは何か

地球上の火山活動の8割を占める「中央海嶺」とは何か

海底の仕組みと地球のメカニズム(1)海底の生まれるところ

海底はどうやってできるのか。なぜ火山ができるのか。プレートが動くのは地球だけなのか。またそれはどうしてか。ではプレートは海底の動きの全てを説明できるのか。地球史規模の海底の動きについて、海底調査の実態から最新の...
収録日:2020/10/22
追加日:2021/05/02
沖野郷子
東京大学大気海洋研究所教授 理学博士
4

外交とは何か…いかに軍事・内政と連動し国益を最大化するか

外交とは何か…いかに軍事・内政と連動し国益を最大化するか

外交とは何か~不戦不敗の要諦を問う(1)著書『外交とは何か』に込めた思い

外交とは国益を最大化しなければいけないのだが……。35年にもわたる外交官経験を持つ小原氏が8年がかりで書き上げた著書『外交とは何か 不戦不敗の要諦』(中公新書)。小原氏曰く、外交とは「つかみどころのないほど裾野が広い...
収録日:2025/04/15
追加日:2025/09/05
小原雅博
東京大学名誉教授
5

「国際月探査」とは?アルテミス合意と月探査の意味

「国際月探査」とは?アルテミス合意と月探査の意味

未来を知るための宇宙開発の歴史(9)宇宙開発を継続するための国際月探査

現在の宇宙開発は「国際月探査」を合言葉に掲げている。だが月は人類の移住先にも適さず、探査にさほどメリットがない。にもかかわらずなぜ「月探査」が目標として掲げられているのか。それは冷戦後、宇宙開発の目標を失った各...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/09/16
川口淳一郎
宇宙工学者 工学博士