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国家の行動を決める「国益とパワー」以外の要因…道義とは

国家の利益~国益の理論と歴史(16)国益とパワーと価値(道義)の関係

小原雅博
東京大学名誉教授
概要・テキスト
15回におよんで主に「国益」とパワーを考えてきた連続講義だが、最終回では「価値(道義)」に目を向ける。「パワーか正義か」がよく問われるが、国家の行動は、国益とパワーだけで決定されるわけではない。道義が国益に優越した例として、ナチス・ドイツに立ち向かったイギリスやケネディの決断がある。(全16話中第16話)
時間:09:54
収録日:2019/04/04
追加日:2019/08/11
カテゴリー:
≪全文≫

●パワーか正義か、リアリズムかリベラリズムか


 今回が、「国益」に関する講座の最終回となります。これまで、国益とパワーの関係を考えてきましたが、最後に、価値(道義)の問題を考えてみたいと思います。

 国益をめぐる対立や紛争をどう解決するのか。世界大戦は大きな転機となりました。平和のための知的探求と議論が重ねられ、政治や外交にも反映されました。そこでは、人間性を論じる視点の違いから、理性(つまり、法や道義)を重視するリベラリズム(あるいは理想主義)と権力欲(パワー)を重視するリアリズム(つまり、現実主義)が対峙してきました。

 リベラリズムは、国際法や国際世論による平和の実現を目指し、リアリズムは国益とパワーを国際関係の重要な決定要因と位置づけ、勢力均衡による国際秩序の安定を説いてきました。リアリストの主張する通り、道義で平和が実現できるわけではありません。したがって、道義に過大な期待を抱くことは禁物ですが、道義を無視して国際秩序を語ることもできません。

 現実主義国際政治学の開祖とも言われるE.H.カー(1892-1982)も、名著『危機の20年』(1951年)で理想主義(つまり、彼のいうユートピアニズム)を批判的に論じつつも、「力の要素を無視することがユートピア的であるように、およそ世界秩序における道義の要素を無視する現実主義も非現実的なリアリズムである」と指摘し、「政治行動は、道義と力との整合の上に立って行われるのでなければならない」と述べています。

 つまり国家は、国益とパワーという要素だけでその行動を決定しているわけではないのです。こうした認識に立って、国益とパワーと道義の関係について論じてみましょう。


●パワーの道義に対する優越性


 第一に、パワーの道義に対する優越です。

 アメリカのウィルソン大統領が、1919年2月のパリ講和会議において、「国際連盟の道徳的価値にまず最初に、そして主に頼ろうとするのである」と述べたように、ヨーロッパを殺戮と破壊の戦場に変えた第一次大戦を経て、国際秩序は、パワーではなく、道義(正義)によって再建されようとしました。しかし、道義を掲げた国際連盟は大国の参加を欠き、力を結集できませんでした。アメリカは不参加、日独伊が脱退し、ソ連は遅れて参加しましたが、その後脱退し、大戦勃発の39...
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