●現行の生活保護制度の問題点
―― では、それ(政府が介入したほうがいいということ)が具体的にどういうことかということですが、「負の所得税」とはどういった考え方ですか。
柿埜 「負の所得税」は、現行の生活保護の代わりとなる制度として提案されています。生活保護は、所得の非常に低い人が受けることができます。ところが、いったん生活保護を受け始めると、むしろ働かないほうが得になってしまう制度になっているのです。
生活保護で保障される生活水準は一定です。どういうことかというと、全く働けない、働いていない人は所得がゼロで、生活保護を受け取るわけですね。ですが、この人が、例えば新しい仕事を見つけたとします。あるいは、自分で内職を始めて、(仮に)インターネット上で漫画のようなものを描いてみたらヒットして、収入が入ってくるようになった、そういったことがあったとします。これは、とても喜ばしいことのはずです。
ところが、所得がゼロから、この方の描いた漫画が少し売れ始めたということで所得が少し上がったとします。そうすると、そのことを申告すると生活保護の給付がそのぶん減ってしまうわけです。これは、ものすごくやる気をそがれますよね。頑張って働いたのに、実際は所得が全く増えないわけではないのですが、日本の制度では信じられないほど勾配が緩くなっています(他の国もそうなのですが)。
せっかく自分が何か新しいことを思いついて働くようになっても、あるいは会社に就職できて働けるようになっても、収入が入ってきたら、そのぶん給付が減ってしまう。それであれば、働くことがある意味で馬鹿馬鹿しくなってしまいます。一生懸命考えて(漫画を)描いたのに、あるいは一生懸命働いたのに、「もらえる額が減ってしまうではないか」と。
しかも、さらに悪いのは、生活保護の水準を超えた瞬間に、生活保護は打ち切られてしまうことです。(生活保護を)打ち切られたら――例えば、日本の場合は(生活保護を受けているときは)家賃なども全部補助してもらっているし、公共料金などはタダになっているわけですけども――、そういうものが一気に有料になるわけです。そうすると、生活保護を抜けた瞬間はむしろ、生活保護より収入が下がってしまう。そして、もしかしたら(その後)失業するかもしれない。私の先ほど挙げた例であれば、漫画が売れなくなってしまうかもしれない。そうしたら、また元に戻りたい(生活保護を受けたい)と思っても、また官僚的な、とても長く続く申請を待たなければいけないのです。
日本でも一時、生活保護バッシングでひどいものがありました。今でもあります。そういった人たちについて、すごく悪い人たちであると差別が起こったりしてしまう。こうした状況は非常によくないわけです。
●「負の所得税」とは
柿埜 フリードマンが考えたのは、こういった方法ではなく、働けばそのぶん、きちんと収入が増えるような制度をつくろうということです。
生活保護の問題点を解決するためにはどうしたらいいか、というのがフリードマンのアイデアです。働いたらきちんとそのぶん収入が増えるようにしなければいけない、ということがまず一つです。それから、生活保護という制度があって、「他の人たちと違う人たち」といった隔離された差別のようになっている状況を改めて、「一つの所得税の制度」という形にする。「所得が低い人は補助を受け取っている。高い人は税金を払っている。だけど皆、同じ所得税を課されている所得税制度の中にいる人たちだ」という形にして、生活保護に入ったことで差別されることを防ごうというわけです。
「負の所得税」とはそういった条件を満たしている制度です。(では具体的に)どういった制度かというと、今の所得税の制度は、基礎控除よりも所得が少ない人は税金を払わなくていいけれども、それより高い人は税金を払います。ただ税金を払わなくていいといっても、基礎控除よりも所得が低い人にもいろいろいます。ちょうどぴったり基礎控除額の人もいれば、所得がゼロ円の人もいるわけです。基礎控除を下回っている人に対して補助金を払ってあげようというのが、この「負の所得税」です。
「負の所得税」は分かりづらいのですが、所得税は金額が正(プラス)ですよね。
―― 要するに、「取られる=プラス」だと。
柿埜 取られることを「正の所得税」とします。「負の所得税」とはマイナスの所得税、つまり「もらう」ということです。
―― 「取られる」の反対だから、「もらう」ということですね。
柿埜 そうです。基礎控除より所得が少ない人に対しては、補助金を出してあげる。そういう制度です。
●ベーシックインカムも効果は同じ
柿埜 補助金の額は...