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スローフード運動とは?…イタリア発の歴史と新たな展開

スローフード思想と新しいガストロノミー

石田雅芳
立命館大学食マネジメント学部 教授
情報・テキスト
スローフード思想は、ファストフードに代表されるモダニズム的価値観への対抗として誕生した。その活動は、地域の伝統的な食や持続可能な食の在り方の保存として展開され、近年「新しいガストロノミー」という考え方に行き着いた。立命館大学食マネジメント学部教授の石田雅芳氏が、スローフード思想を歴史的にひも解く。
時間:12:37
収録日:2018/04/26
追加日:2018/09/27
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≪全文≫

●「スローフード」の歴史をさかのぼる


 立命館大学食マネジメント学部教授の石田雅芳と申します。今回は、「スローフード」という言葉について、解説させていただきます。

 現在、スローフードは、もはや固有名詞ではなく、皆さん普通に使っている言葉だと思います。例えば、「今日はスローフードな食事をした」とか、「スローフードなレストランである」とか、「スローフードな人生を送っている」とか、簡単に使えてしまいます。

 そこでここでは、スローフードという言葉について、少し歴史的にさかのぼってみます。そして、スローフードという言葉が、一体どのように生まれて、どのように展開して、どんなところにたどり着こうとしているのかをお話しします。


●1986年に生まれた「スローフード」という言葉が世界中に波及


 スローフード協会の紋章は、カタツムリを用いています。スローフードは、北イタリアのピエモンテ州というところで生まれました。この協会はトリノの近郊にありまして、カタツムリを食べる場所でもあります。そこで、カタツムリが食べられるものであることと、ゆっくり歩くものであるということで、スローフード協会の紋章になっています。

 スローフードが生まれたのは、1986年です。この時期のイタリアでは、たくさんの食の矛盾が噴出していました。例えば、イタリアにも狂牛病の話が出てきたことや、イタリアのワインに不凍液が混入されるという世界的なスキャンダルもありました。そして、一番有名なのは、ローマで最も美しいといわれる広場(スペイン広場)の横にマクドナルドが出店するという話でした。それで、イタリア人たちもいよいよ食の安心・安全というものを語り始めるようになりました。

 この時、他国ではもう少し乱暴な反応もあったのですが、イタリアではそれほど大きな運動には発展しませんでした。そんな中、例えば、ローマのスペイン広場では、毎日お昼になると母親たちがトマトスパゲティを配り始め、「私たちはマクドナルドのハンバーガーよりもスパゲティを食べ続ける」と頑張っていました。

 その中で、スローフードの運動を始めた人たちは、だいたい30代から40代の人たちでした。この人たちは、分かりやすくて、かつ国際的なレベルで人々に影響を与えるような運動ができないかと考えました。そこで、これはある夕食の時に冗談で出た言葉でしたが、「ファストフードが嫌いならば、スローフードならどうだろうか」ということになりました。「スローフード」とわざわざ英語でつけたのは、その方が国際的に羽ばたいていきそうな気がしたからでした。

 1986年にスローフードという言葉を考えたわけですが、すでにトリノ近郊のブラという街に集っていた数人の男女の活動家たちが作ったその言葉が、世界中に波及していきました。それは彼らが、世界中の知識層の人たちを既に仲間に入れていたからで、その動きがあちこちに飛び火していきます。3年後にはすでに国際運動として出発することになりました。そして、パリのオペラ・コミークというところで調印式を行いました。


●スローフードマニフェストの中心となる「喜びの権利」


 それが、「スローフードマニフェスト」(日本語で「スローフード宣言」)と呼ばれるものでした。起草したのは、フォルコ・ポルティナーリというイタリアでも有名な詩人でした。彼が、この新しい食の運動に方向付けをしました。それは、ファストな社会に対抗するのはスローである、ということです。ファストの元凶は何だったかといえば、それはモダニズムやグローバリズムで、そういったものがいつの間にか、私たちの日常生活の食の中に忍び込んでしまったということです。

 そのことの何が問題だったかといえば、それは、食を愛する人たちにとって、食べ物がだんだんまずくなってくることで、それが気に入らないわけです。そこから全てを掘り起こして全てを構築していく。私たちはファストな人生に対抗できるようなスローな人生を目指したい、というものです。効率であるとか、スピードであるとか、みんながそういうことを唱えているときに、自分たちは食卓から新しいゆっくりした運動を目指そう。そしてそれによって、忙しい日々を送っている人たちに、適量のワクチンを打ってあげたい。それが、このマニフェストの中身でした。

 これは、オペラ・コミークで調印式をしている写真ですが、その中で一番手前のメガネをしている男性がフォルコ・ポルティナーリであり、マニフェストを起草した人です。

 スローフードマニフェストには、中心となる言葉があります。それはイタリア語で、「ディリット・アル・ピアチェーレ」(Diritto al Piacere)といいます。...
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