●「垂直の金」が生命エネルギーを表している
執行 これも最初に見た瞬間に感激したんです。これはコシノ芸術の典型的な一つです。同じ趣旨で作られているものは多いですが、これが一番分かりやすい。
宇宙エネルギーの流れというか、私が「垂直軸」と言っている、われわれが生命エネルギーとして宇宙から受けている、われわれが生きるための根源の力があります。その根源の力を人間は、物理的にも太陽光線を中心として宇宙から受けている。われわれ生命は、地軸から来る生命エネルギーで生きているのです。
それを、コシノ芸術は絵具で芸術作品として表している。その中の一つの代表例ということです。
これは一番分かりやすい暗黒流体です。私は宇宙エネルギーを負のエネルギーだと思っています。その負のエネルギーは「暗黒流体」と物理学では呼ばれています。この暗黒流体の中に、これだけの1つの金の流れを作れること自体が「勇気」だと思うのです。
簡単そうに見えますが、暗黒流体の中を、何の変哲もないというと失礼ですが、金をここまで延ばせる。細工なしで延ばせるということが、コシノさんが生命エネルギーの本体を把握していることの証明の一つになるのです。
コシノ芸術論の中でも、ちょっと書きましたが、文学では、生命エネルギーは滝の流れでよく表されます。滝の流れが、垂直に落ちるもの。これはごく当たり前で、われわれが見てこれが一番分かりやすい。それから地軸から噴出してくる、天に噴き上げる滝、そういう作品も、コシノ作品ではたくさんあります。
あとは垂直軸に流れる滝が横に振れて、地球を横断する横のラインです。縦横に噴出していく。また垂直に行く。水平に上がっていく。そういうものもあるのですが、これは代表的な「垂直に下がっていくエネルギー」が、一番分かりやすい作品だと思っています。
ほかのコシノ作品を見るときの根源になる作品で、この垂直軸の金がコシノジュンコの持つ感性によって、広がったり狭まったり、横に流れたりしていく。その流れがコシノさんが持つ生命的自由なのです。
これはコシノ作品を見るための一つの基準や基本になる作品で、そういう意味で、すごく価値がある。ぜひ皆さんにも見ていただきたい、ということです。
●那智の滝、そして「那智瀧図」の感激と抽象化
執行 これを描くとき、どういう気持ちだったのですか。
コシノ これもマット、「見えるもの」と「見えないもの」の陰影です。この1本は(フランスの作家)アンドレ・マルローが「那智の滝」を「日本の一番象徴」だとおっしゃった、あの気持ちです。
執行 やはり、那智。
コシノ 那智です。
執行 私はこれを一番最初に見たとき「那智の滝」と思ったんです。これはマルローの有名な話ですね。那智の滝に行ったときの。
コシノ そうです。
執行 私が今親しくしている竹本忠雄さん(仏文学者、筑波大学名誉教授)がいて、その方が、アンドレ・マルローを那智の滝に案内されたんです。そのときに那智の滝を見たマルローが、日本の魂を感じてしゃべった言葉が書物になっています。1回どこかでコシノさんが書かれている文章を読んだことがあります。
コシノ そうですね。和歌山の熊野を書いて。
執行 あれは日本の原点です。
コシノ 原点ですね。
執行 アンドレ・マルローは非常に優れた芸術家であり、フランスの政治家でもあり、作家であり……。
コシノ 文化大臣もされた。
執行 ドゴール政権の文化大臣。
コシノ 詩人であり。
執行 その方が那智の滝で……。「那智滝図」という、作者不詳ですが国宝になっている日本画があります。
コシノ 根津美術館にある。
執行 そうです。私が(「一直線」を見て)一番に最初思ったのが、それです。これは「那智滝図」の抽象化というか……。
コシノ そうです。その通りです。
執行 バッチリですね。私はそれを思ったのです。今「那智滝図」と言っても、具体的な絵が分からない方も多いので、しゃべらなかっただけなのですが。
コシノ 私は滝が好きで、ブラジルのイグアスの滝とか、ほかの滝も見ましたが、やっぱり那智の滝は1本なんです。
執行 そう。「シュー」っと。
コシノ これはもうブレない1本なんです。
執行 アンドレ・マルローがあれだけ感激したのは、やはり日本神話の原点を那智の滝で感じたからです。
コシノ そうですね。日本はそういう精神文化を持っているから、これに託したのだと思っています。
執行 根津美術館にある「那智滝図」もマルローは見ていて、あの垂直軸が日本の精神文化の垂直軸だと発言した文献が残っています。私はそれを感じるのです。
国宝になるような絵を、将来に向けた抽象画として描ける能力をコシノ芸術の中に感...