●菅官房長官「長期デフレの脱却が安倍政権の第1の目標」
経済破綻の可能性がある中で、政府はどのような対応をしてきたのでしょうか。政策推進の経緯を振り返って、事実を確認してみたいと思います。
2012年末から5年間近く、日本の経済政策はアベノミクスの枠組みで展開されてきました。安倍晋三政権が誕生してほどなく、菅義偉官房長官が、私どもが主催する経営者の勉強会に来られたことがあります。その時、菅長官は次のようにおっしゃいました。
「日本はこれまで長い間、デフレで沈滞した期間を過ごしました。失われた20年です。人々は消費を手控え、企業は投資に踏み切れませんでした。その結果、経済が20年間も停滞した暗い時代でした。その間、政治は一体、何をしていたのでしょうか。これまで私たちは、財政は財務省任せ、金融は日銀任せではなかったでしょうか。これからは政治が立ち上がって、日本経済を救わねばならない、と私たちは考えます。長期デフレの脱却を安倍政権第1の目標に掲げて邁進する覚悟です」
実際、デフレが続くと、消費と投資が沈滞し、経済が停滞します。財政債務の膨張は1990年代から加速していました。そして、社会保障会計の赤字を税で、そして税で足りない部分は公債、つまり将来の世代への課税で賄ってきたことが、財政赤字を急速に膨らませる要因になっているのです。高齢化で社会保障給付は増えましたが、デフレのために賃金は増えませんでした。そのため、賃金に連動する社会保険料は増えず、「社会保障会計のワニの口」が拡大しています。さらにそれが「財政赤字のワニの口」を広げ、それを補うために、公債発行による政府の借金が増えてきたのです。
その点、安倍政権がデフレ脱却を最大の目標に掲げて、経済政策を推進しようと考えたのは、近づいてくる危機を避ける、もしくは克服するために、大変正しい選択だったといえます。安倍政権ではそのために、アベノミクスといわれる政策を打ち出しました。それは、3本の矢で構成されます。第1の矢は金融政策、第2の矢は財政政策、第3の矢は成長戦略です。
●クロダノミクスは一定の成果を上げた
第1の矢である金融政策は、「異次元金融緩和」と呼ばれるものです。デフレ脱却の実現のために、力点がこの金融政策に置かれました。異次元金融緩和とは、大量のベースマネーを供給して、市場の期待感を変え、2年以内に2パーセント程度の安定的インフレを実現するというものです。黒田東彦総裁の名を取って、クロダノミクスともいわれています。実際、2013年春から2年以内に、ベースマネー供給を130兆円から270兆円にすると、黒田総裁は世界に向けて発信しました。ちなみに、グラフを掲げて自分の金融政策を数字でもって、このように示したのは、世界史で黒田総裁が初めてだそうです。
確かに、クロダノミクスは一定の成果を挙げました。株価は東証平均8,000円から、数カ月後には2万円台に突入しています。それにより、企業利益が非常に増え、産業界には活力が戻りました。この面では成功だったといえます。
●インフレ期待が醸成できたとはいえない
しかし、課題が2つ残されました。1つは本来の狙いである、期待感を変える政策が機能しなかったということです。実際、インフレ期待が醸成できたとはいえない状況です。2013年4月に第1バズーカが、2014年10月に第2バズーカが打ち上げられ、大量のベースマネーを供給したにもかかわらず、2014年の夏以降、物価上昇は低迷しました。この背景には、原油価格の下落など、世界情勢もあったといわれますが、円レートは下がったものの、輸出が伸び悩んでいます。
さらに、2014年4月に消費税を5パーセントから8パーセントに引き上げて以降、消費は低迷し、経済成長も低迷。実質賃金も2014年から低下しましたが、2016年からはやや上昇しています。しかし、インフレ期待が醸成できたという状況では全くありません。したがって、クロダノミクス本来の狙いは生かされていません。
●GDPに近いほどの資産を持つ銀行は、世界には類を見ない
もう1つ大変な宿題が残ってしまいました。それは膨大なベースマネーの処理の問題です。2013年4月の「異次元緩和」政策導入以来、年間50兆円ペースで国債を購入して、ベースマネーが供給されてきました。さらに2014年10月には、国債購入をさらに年間80兆円にまで増やすことが宣言されます。しかし、このペースを継続すれば、2030年ごろには、市場の国債ストックが枯渇します。そうなると、市場は機能不全に陥る恐れがあるのです。
現在、異次元金融緩和継続の結果、2017年7月現在では、ベースマネー残高(マネタリーベース)は468兆円に上っています。468兆円の内訳は、日本銀行券発行残高100兆円、当座預金363兆円、貨幣流通4.7兆円です。日銀の資産は505兆円で...