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人生の苦難を経たオデュッセウスと妻の再会に込められた問い

「ホメロス叙事詩」を読むために(6)帰郷する人間ーその2

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科 研究科長・学部長・教授
概要・テキスト
帰郷したオデュッセウスと妻ペネロペイア
オデュッセウスとペネロペイアの再会は、英雄よりも妻の知略が目立つ場面に仕立てられている。神々や人々に騙され、裏切られてきたペネロペイアは、そう簡単に目の前の男を夫と認めるわけにはいかなかったからだ。妻は夫と二人しか知らない秘密をカギに、ようやくオデュッセウスの帰還を認める。(全9話中第9話)
≪全文≫

●20年ぶりに再会した夫婦がすぐに抱擁しない理由


 このようにして、最後にペネロペイアとの再会の場面が訪れます。求婚者の殺し方についてはご自分で、読んでみてください。一挙に全員を殺してしまう血なまぐさい場面があった後で、勝ち誇ったオデュッセウスが、ペネロペイアにいよいよ対面するという場面です。

 これは第23巻になりますが、乞食姿だった彼は、女神の力を借りて輝くばかりに身を整えて、ペネロペイアの前に現れるのです。その前にも二人は会っていますが、乞食として会っているだけで、身を明かしてはいません。

 ペネロペイアが、求婚者の殺戮が終わって身綺麗にしたオデュッセウスと会う場面で、二人は感動的にパッと抱き合うのかというと、そうではないのです。あれほど待ち続けたペネロペイアは、オデュッセウスに対して、何か無下な、引いたような態度を取るのです。すぐに感動して寄ってくるわけでもない。それに対してオデュッセウスは少し不審に思うのですね。

“「おかしな女じゃな。オリュンポスに住まい給う神々は、女子の中でもそなたには特別に、非情な心を授けられたのであろう。散々に苦労を重ねた末、二十年目に漸く故国に帰って来た夫を迎えて頑なに離れているような女は、そなたを措いてほかにはおるまい。さあ婆やよ、わしはひとりでもよい。寝(やす)むから床を展(の)べてくれ。この女の胸中にある心は、鉄で出来ているらしいのでな。」”
※『オデュッセイア』(松平千秋訳、岩波文庫):第二十三歌より

 これは、ちょっと怒っている感じです。自分が帰って来て奥さんと会って、目の前にいるのに全然感動していない。「なんだよ、俺はひとりで寝るぞ」とアピールしているのですね。


●「二人しか知らない秘密」によって夫婦の縁を取り戻す


 すると、ペネロペイアがこう返事をします。

“「あなたこそ、おかしな方ではありませんか。わたしは別に高ぶっているのでも、あなたを軽んじているのでもありません。また、驚きの余り度を失っているのでもありません。わたしはあなたが長き櫂の船で、イタケを出てゆかれた時、どのようなお姿であったかは、よく覚えております。さあエウリュクレイアよ、あの方が御自分の手でお造りになった見事な寝室の外に、頑丈な寝台を用意しておあげ。そこへ頑丈な寝台を運び出し、羊の皮に毛布、綺麗な敷布などの寝具を揃えてあげなさい。...
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