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「正義とは何か」第1巻の重要性と全10巻の全体構造

プラトン『ポリテイア(国家)』を読む(4)第1巻の問題提起

納富信留
東京大学大学院人文社会系研究科教授
情報・テキスト
全10巻からなる『ポリテイア(国家)』の中で最も重要なのは、「正義とは何か」という主題が明確に示される第1巻だと納富氏は言う。第1巻では、ケファロス、ポレマルコス、トラシュマルコスの3人がソクラテスの対話相手として登場する。シチリア出身の武器商人であるケファロスとの何気ない財産論から始まる対話は、やがて「正義とは何か」の追究へと進む。続くポレマルコス、トラシュマルコスとの対話ではソクラテスの論駁が展開され、その後、全巻を費やして語られる問題提起につながっていく。『ポリテイア』全体の構図と合わせて解説する。(全16話中第4話)
時間:15:27
収録日:2022/07/08
追加日:2022/12/08
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≪全文≫

●『ポリテイア』全体で最も重要な問題提起は第1巻の「正義とは何か」


 プラトン『ポリテイア』を読み始めましょう。今回は、第1巻がどういう問題提起をしているかということを見ていきます。

 『ポリテイア』は、現在では全部で10巻になっています。「巻」というのは古代の一つひとつの巻物を指す呼び方で、長い作品のパーツを表します。ただし、これはおそらくプラトンが自分でつくったものではなく、写すときに便宜的に分けられたものです。これはなかなか便利なので、われわれも便宜的に「第何巻」という呼び方を使わせていただきます。

 藤沢先生の翻訳(『国家』〈上・下〉)では、(各巻の)最初に(10巻)全体の梗概が載っています。どこでどういう議論をしているかということが書いてあり、非常に便利ですのでお使いください。

 第1巻は若干他と違って、ちょっと独立した対話篇のような感じになっています。今からお話しするストーリーも、1巻だけで完結するようになっています。

 現代の学者でも、この第1巻はもともと独立作品として、別に作られたのではないかという推測を行う人もいます。独立作品だとすると、おそらく『トラシュマコス』というタイトルだったのではないかといいます。私はそう思ってはいませんが、そう考える人もいるぐらい独立性の高い作品です。これだけで非常に面白く、第1巻だけ読んでも魅力満点です。

 この第1巻において、まさに『ポリテイア』全体の主題である、「正義とは何か」という問題が明確に示されていくことになります。その意味で、最も重要な箇所だと思います。


●ソクラテスとケファロスの対話――財産論から「正義とは何か」の追究へ


 この第1巻では、語り手であり、かつこれからずっと対話を導いていくソクラテスが、3人の人物と次々に対話をしていくという形式をとります。1人目、2人目、3人目と、相手が交代しながら対話していくわけで、こういう対話篇は他にもあります(『ゴルギアス』など)。

 最初の人物は、ケファロスというペイライエウスに屋敷を構えている大金持ちのおじいさんです。その息子のポレマルコスが2番目で、3番目はそこにゲストして来ていたソフィストのトラシュマコスという人物です。

 これは、年齢も背景も違うキャラクターと次々に議論する、非常にドラマチックな仕立てで、第2巻以降とは大分雰囲気が違います。第2巻から第10巻まではグラウコンとアデイマントスの兄弟が交代で話を聞きます。少し違いはあるのですが、この二人は基本的に同じような出身の人たちと対話しますし、(ソクラテスと)3人だけの対話になるので、第1巻のほうがドラマチックな感じがします。

 さて、最初のケファロスとの対話は、プラトンの筆が冴えているところです。ソクラテスが「久しぶりだから、うちに寄っていきなさいよ」と誘われ(無理やり連れられて)、行ってみたらお年寄りのケファロスがお祭りのお供えをしようとしているところでした。そこで、何気ない会話から始まるわけです。

 社交辞令のような挨拶をした後で、ソクラテスがシチリア出身の商人であるケファロスにいろいろと聞いていきます。「あなたのようにお年を取って、何か変わったことはありますか」「そうだね。性欲がなくなったのはむしろ良かったよ。奴隷状態から解放されたような感じだ」というような、ちょっと面白い対話があります。

 それから、「あなたは財産をどれぐらい増やしたのですか。(それとも)減らしたのですか」「いやぁ、私の祖父が作った財産を父親がだいぶ減らしたけれども、自分は少し回復したよ」といった話になります。

 ケファロスという人は、実は武器商人です。武器商人というと少し怖い感じがするかもしれませんが、武器というのは非常に主要な産業で、かつ当時のギリシアは戦争の多い時期だったので、当然儲かったと思います。それに、政治家とのつながりも強かったのです。

 ですから、ケファロスはペリクレスの要請を受け、新しい植民地でトゥリオイというところに在住したりもしています。やや政治的な関係もあったのがケファロスという人です。そういう人に対して、お金のないソクラテスは「あなた、財産を回復したといわれますが、あなたのように財産を持っていて、何かいいことがありましたか」と聞いていきます。

 そこで、「そうだなぁ、人に嘘をつかないで済むし、借りたものを返さず死ぬよりはいいかな」と結構控えめなセリフを返しています。「自分は死が近くなってくるにつれ、昔は気にならなかったことが大分気になってきた。つまり、人を騙したり、人に借りたままで死んでしまうと、死後に罰が下るのではないか、責めを受けるのではないかと不安なのです。お金があると、そういうことがなくて済む。その...
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