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現在から過去を批判するのは簡単…明治維新と歴史の継続性

明治維新とは~幕末を見る新たな史観(1)明治維新の歴史観

島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
いかに日本は幕末の動乱を乗り越え、奇跡ともいわれる明治維新を成し遂げたのか。この講義シリーズでは、島田晴雄氏が幕末から維新への大きな流れを詳細に読み解いていく。島田氏は、この明治維新の評価とそれを踏まえた未来への提言、その可能性は、いかなる歴史観を持つかによって決まるという。歴史観とは何であり、歴史を学ぶとはどのような行為なのだろうか。(全17話中第1話)
時間:09:07
収録日:2018/07/18
追加日:2018/10/22
タグ:
≪全文≫

●明治維新には多様な歴史観がある


 今年は明治維新150年ですので、今回の講話は明治維新がテーマです。明治維新という言葉はhousehold word(その家で誰も知らない人はない言葉)です。アメリカ人にとってhousehold wordは南北戦争であり、中国人にとってはおそらく三国志だと思います。

 そして、明治維新については非常に多様な歴史観があります。歴史の学びは、それによって未来を理解し、未来に指針を得るために行われます。今日は幕末維新の事実を知ることで、一人一人の歴史観を持てるようにするという試みです。


●官軍史観・薩長史観・官製史観~日本の近代史教育の正史~


 明治維新にはさまざまな歴史観があります。1つ目は、官軍史観、薩長史観、あるいは官製史観と呼ばれるものです。これは、幕藩封建体制を倒して近代国家を打ち立てたのは薩長による維新革命だとするものです。この歴史観によれば、薩長による維新革命が列強による植民地化を防ぎ、独立国家を樹立して急速な近代化を達成し、天皇制を中心とする中央集権国家を確立したのだと考えられています。

 これは、明治時代から今日までの日本の近代史教育の正史であり、「正しい」歴史です。そして、世の中の通説です。明治時代から今日まで日本の支配層の中枢人脈は、実は薩摩と長州からきている、という見方でもあります。


●占領軍史観・東京裁判史観~明治維新も大した変化ではない~


 これに対して2つ目の歴史観は、占領軍史観と私が呼んでいるものです。東京裁判史観とも言います。これは、戦前には今の日本の原型などなく、単に封建的な軍事国家があったに過ぎず、見るべきものは何もないというものです。この史観においては、日本が今日の近代国家になったのは、アメリカ占領軍による民主化のための教導によるのだと見なされます。そのため明治維新も、幕藩封建体制から藩閥中央集権体制に移行しただけの問題であり、大した変化ではないという見方です。

 この史観とそっくりなのが左翼史観です。まさに日教組(日本教職員組合)はこのように子どもたちに歴史を教えています。そのため、子どもたちもこのような考え方を持っています。それに対して権力を握っている人は薩長史観です。


●司馬史観~占領軍史観や左翼史観に対するアンチテーゼ~


 3つ目は、司馬遼太郎氏の史観です。司馬氏は100冊程本を書いているのですが、彼独自の歴史観を持っています。これは何かというと、占領軍史観が戦前には見るべきものはないと考えるのに対し、それを「とんでもない。戦前の歴史は、幕末の志士たちの夢や刻苦、そして実現された民族の歴史的な偉業ではないか」と批判するものです。こうした考えの下で、『坂の上の雲』をはじめとしたさまざまな著作を次々と書いていきました。これは占領軍史観や左翼史観に対するアンチテーゼだと思います。

 ところが面白いことに、司馬氏は大久保利通などの明治の元勲を1人も書いていません。彼が書いたのは全て、中間層か西郷隆盛など挫折した人です。

 そして、司馬氏は『この国のかたち』というエッセーを長く連載していたのですが、連載終盤に次のようなことを言っています。日本は気が付いてみると、「鬼胎」と呼ばれるような事態、つまりお母さんが身ごもった子どもが鬼であったという状況に陥っており、日本は鬼胎の国家だというのです。司馬氏によればそれは、昭和です。

 司馬氏はこのことを、ノモンハン事件に関わらせて論じています。実は、司馬氏は戦時中に陸軍の戦車隊に配属されていました。自身はノモンハンには行きませんでしたが、日本の戦車隊はノモンハンで惨敗しました。

 そうした信念や信仰のみで突き進み、このような国は作られました。しかも軍国主義によって、アジアを荒らしまくりました。司馬氏は、その基が実は明治維新にあったのではないかと考え、それを追求しようとしました。しかし、そう思っているうちに亡くなってしまうのです。ということで、彼の歴史観には少し変わったところ、屈折したところもあると思います。


●岡崎久彦氏の史観~江戸時代に培われた自己鍛錬と知力の蓄積がポイント~


 これらに加えて、4つ目として岡崎久彦氏の歴史観もあります。私は岡崎氏からさまざまなことをお教えいただいたのですが、彼は素晴らしい史観を持っていると思います。彼の考えでは、明治維新は明らかに他のアジア諸国に比べて突出した工業化の下で進められ、そして日本を強国にする契機となりました。それを支えたのは民族の力であり、特に知的な力だといいます。

 江戸時代は260年間安定しており、戦争がありませんでした。これは世界でも珍しいのですが、この文治政策の時代に培われた自己鍛錬と知力の蓄積が重要なポイントです。言ってみれば分かりやすいのですが、こういうこと...
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