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DATE/ 2024.06.14

岸田総理と自民党はなぜ失敗したのか~『孫子』から考えてみる

岸田文雄(1957年~)
岸田文雄(1957年~)出典:首相官邸


岸田内閣、菅内閣、安倍内閣の「内閣支持率」を比べてみると
あらためて「裏金問題」をまとめてみると
なぜ「表金」を「裏金」にする必要があったのか?
「裏金問題」が騒がれてからの岸田総理の対応は?
そもそも「政治資金規正法の問題」だったのでは?
『孫子』の兵法の教訓は?~「敵を知り己を知れば…」の直前に書いてあること
思考実験――安倍晋三氏なら、小泉純一郎氏ならどうしたか?
そもそも「自民党」のあり方をどう考えるか?
わが身のこととして自分の頭で考えてみる意味とは?


岸田内閣、菅内閣、安倍内閣の「内閣支持率」を比べてみると

岸田総理と自民党の支持率を見ると、色々と考えさせられるものがあります。2021年10月の岸田文雄内閣発足時には49パーセントだった内閣支持率が、2024年6月の調査では21パーセントに。一方、内閣を「支持しない」の率は60パーセントに上りました。(2024年6月10日、NHK世論調査、以下同)

実は、岸田内閣の支持率は発足からジリジリと上がり、9~10カ月を経た2022年6月、7月には59パーセントでしたが、8月に46%に急落しています。このときには安倍晋三氏の国葬をめぐる問題や、旧統一教会をめぐる問題などがありました。

その後、内閣支持率は2023年の年始にかけて33パーセントまで落ち込んだものの、2023年5月の広島サミットもあって46パーセントに戻します。

ところが、2023年初秋頃から「増税メガネ」なる誹謗(ひぼう)語もネットを中心に多用されるようになって、またジリジリ落下。そして、2023年11月に裏金問題が表面化したことが響いて30パーセントを割り込むのです(29パーセント)。

もちろん、内閣支持率は落ち込むのが世の常です。とはいえ、2012年12月に発足した安倍晋三内閣(第2次~第4次)は発足当初で64パーセント、2020年の退任時に34パーセント。その後をうけて2020年9月に発足した菅義偉内閣は当初62パーセント、2021年10月退任時に30パーセントでした。

ことに安倍内閣の支持率が全期間を通じて、ほぼ45パーセントを上回るような勢いだったことと比べると、わずか数年のことながら、今昔の感があります。

あらためて「裏金問題」をまとめてみると

もちろん、政治資金パーティー収入の裏金問題をはじめ、自民党の悪しき面が表面化したことが大きく足を引っ張ったことは間違いありません。しかし、その対処に問題はなかったか。そこは大いに問われるところでしょう。

あらためて、裏金問題がどのようなものかを振り返ってみましょう。各派閥では政治資金パーティーを開催していました。もちろん、政治資金パーティーは、政治家にとっては政治活動の資金を集める重要な手法です。

一般的には、1口2万円のパーティー券を「買ってもらう」わけですが、問題発覚時には、1回の政治資金パーティーで同じ人・団体から20万円以下であれば、収支報告書に匿名で記載することができました。「つきあい」や「何かあったときの保険」のためにパーティー券を買う企業や団体からしても、匿名のほうが好都合。また政治家の側でも、あまり大切な支援者を明らかにしたくない思惑もあり、その範疇内での運用が多く行なわれていたわけです。

このとき、各派閥は所属議員に「ノルマ」を課します。ここで問題になったのは、ノルマを超えた金額を上納した議員についてキックバックを行なっていたこと。さらに、そのキックバック分について政治資金収支報告書に適切に記載していなかったことでした。

とりわけ安倍派、二階派については、派閥事務局が慣例的に各議員に対して「収支報告書に記載しないように」と通達し、派閥側でも記載していなかったという話も出てきました。

要は「裏金」化したということです。

なぜ「表金」を「裏金」にする必要があったのか?

この問題について、曽根泰教先生(慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長)は次のように指摘します。

「マネー・ロンダリングというのは、裏金を表金にして堂々とお金を使えるようにすることです。ところが、今回はその逆です。表の金を不記載にすることによって裏金化し、つまり表面から消してしまったのです」
(曽根泰教《「政治とカネ」の裏の意味-政治資金不記載問題》テンミニッツTV)

つまり、法に定められた枠内で集めた政治資金ですから、きちんと収支報告書に明記して政治活動に使えばいいのに、なぜ裏金化したのか。

よく指摘されるのが「陣中見舞い」「餅代、氷代」です。慣例的に国会議員は、選挙のときなどに自分の子分になってくれる選挙区内の地方議員にお金を配る。それは裏金にしたほうが配りやすいというわけです。表のお金だと、誰にいくら配ったかがバレてしまって、下手をすると内輪モメの原因にもなってしまいかねず……。

「裏金問題」が騒がれてからの岸田総理の対応は?

この問題が大きく騒がれることになり、2023年12月14日に岸田総理は安倍派の4閣僚・5副大臣を全員交代させます。さらに安倍派の党幹部も辞表を提出し、安倍派の議員は中枢から外されるかたちになりました。

さらに2024年1月18日、岸田総理は自ら領袖を務める「岸田派」の解散を突然表明します。

このことで、何が起きたか。

まず、安倍派を中枢から一気に外したことで、ある意味では当事者をまとめて「党内の敵」に追いやってしまうことになります。また、自らスタンドプレー的に岸田派を解散することで、適正に政治資金として記載していた他の派閥にも、とばっちりが及ぶことになりました。

実は、自民党は再発防止策や派閥の今後を議論するため「政治刷新本部」を設置していました。最高顧問は麻生太郎氏、菅義偉氏。本部長は岸田総理本人。本部長代行が茂木敏充幹事長。全38名の体制でした。1月11日に初会合を開いたばかりのタイミングで、唐突にその本部長である岸田総理が、自らの派閥の解散を表明したことになります。

党を挙げての議論をないがしろにするがごとき発表ですから、もちろん党内で大いに反発が高まります。ちなみに、岸田派解散を記者団に発表したときに少しニヤリとしたように見えたことが、党内外のさらなる不信と不満を招くことにもなりました。

その後も、2024年2月28日と29日に開かれた衆議院政治倫理審査会への安倍派幹部の出席や公開の是非などで紛糾していた折に、岸田総理はこれまた突然に自ら出席することを表明します。

さらに岸田総理は3月26日と27日に茂木幹事長、森山総務会長と共に、安倍派幹部4人への2度目の聴取を行ない、その結果もうけて4月4日に自民党党紀委員会で国会議員など39名の処分を決定します。塩谷立衆院議員、世耕弘成参院議員は「離党の勧告」、下村博文、西村康稔両衆院議員は「党員資格の停止(1年間)」、髙木毅衆院議員は「党員資格の停止(6カ月)」となります。その他、「党の役職停止(1年間)」が9人、「党の役職停止(6カ月)」が8人、「戒告」が17人でした。

このとき、岸田総理は自らは「処分なし」としました。その理由を「個人として不記載がなく、宏池会の不記載は事務疎漏によるもの」とのこと。二階俊博氏も、次期衆院選挙に不出馬を表明したこともあって処分の対象外となりました。

また、森喜朗氏もこのとき処分の対象にはなりませんでした。安倍派でキックバックとその不記載の悪弊がはじまった源流は森喜朗氏にあるのではないかとの疑惑も高まっていたなかでしたが、岸田総理は「自分で電話を聞いて事情を聞いたが新たな事実は確認されなかった」としたのです。

しかし、5月10日発売の『文藝春秋』誌2024年6月号のインタビュー記事で森喜朗氏が、裏金づくりについて踏み込んだやり取りはなかったと言及。そのため、この件もさらなる紛糾を呼ぶことになります。

そもそも「政治資金規正法の問題」だったのでは?

さらに、本質的にいえばこの「裏金問題」は、そもそもは「政治資金」をどうすべきかの問題だったはずです。当初からその追及もありましたが、岸田総理はこれまで述べてきたようにまずそちらではなく、「派閥問題」でアクセルを踏みました。

とはいえ、「政治資金規正法」の改正に進まざるをえないことは自明の理。各野党は2024年1月にはその改正の方向性についての方針を打ち出していましたが、「派閥問題」で大きく体力を削った自民党が方向性を取りまとめたのが4月23日。

この自民党案では、政治資金収支報告書に不記載などがあった場合、条件付きで会計責任者だけでなく議員にも公民権停止などの責任が及ぶようにする「連座制」や、収支報告書に未記載の収入の相当額を国庫に納付させること、外部監査の強化、収支報告書のオンライン提出の義務化などが謳われました。しかし、政策活動費の透明化や、パーティー券の公開基準額の引き下げなどは盛り込まれていませんでした。

その後、与党の自公協議が行なわれます。公明党は現行の20万円超から「5万円超」に引き下げるよう求める一方、自民党は引き下げには合意したものの「10万円超」への引き下げを主張。協議は不調に終わり、自民党は公明党との共同提出を断念する流れになります。

ここでも岸田総理が動きます。5月31日に公明党の山口那津男代表、日本維新の会の馬場伸幸代表とそれぞれ会談。両党の要望をほぼ丸のみするかたちで合意を取りつけたのです。副総理である麻生氏、幹事長の茂木氏の強い反対を押し切っての決断といわれます。

さらに政党から議員に配る政策活動費の使途について、自民党は「50万円超の支出に限定して公開」としており、日本維新の会は「すべての支出を公開」としていました。調整不足で法案提出を急いだために、自民党案そのままの法案が提出され、日本維新の会が猛反発。結局これも、衆院で審議中にもかかわらず、日本維新の会の案に修正して法案を提出しなおすことになりました。

さらに、調査研究広報滞在費(旧文書通信交通滞在費)の問題でも、日本維新の会が「先の党首会談で、今国会で立法措置を講ずることで合意した」という一方、自民党の浜田靖一国対委員長が「日程的に厳しい」と述べて、維新側から「うそつき、約束破り」といわれる紛糾ぶり。

かくして結局のところ公明、日本維新の会の案を丸呑みして自民党としては大幅に踏み込んだ結果となったにもかかわらず、岸田総理が唱える「信頼回復」には程遠い姿になるのです。

『孫子』の兵法の教訓は?~「敵を知り己を知れば…」の直前に書いてあること

この一連の岸田総理の姿をどう評価すべきでしょうか?

旧態依然たる体制をぶち破るために、自ら突き進む勇気あるリーダーシップと評価することもできます。むしろ、平成の「改革の季節」にもてはやされがちだったリーダー像と軌を一にする部分もあるかもしれません。

このように色々な見方ができるときは、古典をひもといてみると、大きなヒントを得られます。

今回、テンミニッツTVの講義から紹介したいのは田口佳史先生(東洋思想研究家)の《『孫子』を読む:謀攻篇》講義です。

『孫子』の著者とされる孫武(中国・春秋時代)
『孫子』の著者とされる孫武(中国・春秋時代)出典:wikipedia

兵法の古典中の古典である『孫子』は全13篇からなりますが、今回取り上げる「謀攻篇」には、全篇中で最も有名であろう「敵を知り己を知れば、百戦危うからず」(原書では「彼を知り己を知れば、百戰して殆うからず」)の言葉が記されています。

今回取り上げるのは、その言葉の直前の部分です。

『孫子』では何と書いているか。現代人にわかりやすい「超訳シリーズ」でも有名な田口先生の訳・解説を抜粋しつつ、紹介していきましょう。

ここで『孫子』は「故に君の軍に患うる所以の者は三あり」と書き、君主がまず問われなければいけない3つのことを列挙するのです。

「軍の以て進む可(べ)からざるを知らずして、之に進めと謂ひ(いい)、軍の以て退く可からざるを知らずして、之に退けと謂ふ。是を縻軍(びぐん)と謂ふ」

〈【田口先生の解説】戦争をやってはいけないといっているのに、戦争に持ち込むような指示や命令をし、軍が退却すべきではないのを知らないのに退けと命じる。「是を縻軍という」というのは、いってみれば自由のない、トップのいいなりになっている軍隊という意味です〉

「三軍の事を知らずして、三軍の政(まつりごと)を同(とも)にすれば、則ち軍士惑ふ」

〈【田口先生の解説】君子と将軍の間がしっくりいっていなくて、国家の長と現場の長の意見が一致していなければ、軍隊は惑ってしまうということです〉

「三軍の權を知らずして、三軍の任を同(とも)にすれば、則ち軍士疑ふ」

〈【田口先生の解説】そして、権威というものを知らずに、(君子と将軍が)全軍の任命をともにすれば、(部下たちは)どちらのいっていることが大切なのか惑ってしまう。やはりそこに矛盾があってはいけないわけです。要するに自国を守れというのであれば、守れるだけのものを国論として一致させていかなければ、守れるはずがないのです〉

「三軍既に惑(まど)ひ且(か)つ疑はば、則ち諸侯の難至らん。是を軍を乱(みだ)し勝を引くと謂ふ」

〈【田口先生の解説】(全軍が惑い疑心暗鬼になれば)そういう状態を一番感ずるのが周辺諸国であって、この国は取るに足りない国だと見られるわけです。国論が一体化されていないとか、上と下の関係がうまくいってないなどはすぐに表れてしまいますので、これはもうすぐに攻めていけると思われて、ばかにされる国になってしまい、これが一番いけないことです。
 したがって、戦わずして勝つためには、諸外国からばかにされない国になるという、むしろ諸外国から尊敬される国になることが最大の国力であり、防備であり、軍事力なのだということです〉
(田口佳史《『孫子』を読む:謀攻篇(3)彼を知り己を知れば百戰して殆からず》テンミニッツTV)

この部分に続いて『孫子』は「故に勝を知るに五有り」と記します。

「故に勝を知るに五あり。以て戰ふ可(べ)きと、以て戰ふ可からざるとを知る者は勝つ。衆寡の用を識る者は勝つ。上下欲を同じうする者は勝つ。虞(ぐ)を以て不虞(ふぐ)を待つ者は勝つ。將能(のう)にして君御せざる者は勝つ」

〈【田口先生の解説】今、戦ってはいけないと。それから戦わなきゃいけないときもある。そういうことを知っていれば勝つわけです。
 それから「衆寡」というのは、大軍と小軍という軍隊のことで、そういうものの「用」というのは運用です。そういうものを知る者は勝つのです。
 それから上から下まで、つまり国のトップから一般の国民まで欲を同じくする者は勝つことができるのです。欲を同じくということは、国論を1つに束ねていくということが重要で、国民がいろんなことをそれぞれに思っているようではいけないといっているのです。
 そして「虞を以て不虞を待つ」ということは、敵に対する備えをしておいて、「不虞」の、敵の油断を待っていれば勝つことができるということです。
 さらに「將能にして君御せざる者」で、要するに現場の長が非常に有能であって、それをさらに君主が御さない、つまり左右しなければ、そういうところは勝つといっているのです〉
(田口佳史《『孫子』を読む:謀攻篇(3)彼を知り己を知れば百戰して殆からず》テンミニッツTV)

そう解説した後で、田口先生はこれらは簡単にいえば「戦わずして勝つ」というところからきているものだと喝破するのです。

そして先に述べたとおり、これらの文章の直後に「彼を知り己を知れば、百戰して殆うからず」という、あの有名な言葉が続くのです。

思考実験――安倍晋三氏なら、小泉純一郎氏ならどうしたか?

『孫子』(謀攻篇)の上掲の部分で田口先生が示してくださった要点をまとめれば、次のようになるでしょうか。

【気をつけるべきこと】
◎戦争をやるべきではない場面で戦争に持ち込んだり、撤退してはいけない場面で軍を引いたりすること。
◎リーダーと現場の意見が一致していないこと。
◎自陣営の議論が一致せず、メンバーがバラバラになっていること。

【勝つために必要なポイント】
◎戦うべきタイミングを見極める。
◎大きいグループでも小さいグループでも、いずれも運用できる。
◎組織の上から下まで議論を1つに束ねる。
◎備えをきちんとして、敵の油断をつく。
◎優秀な現場に任せて、リーダーが不必要に干渉しない。

さて、この『孫子』のメッセージをものさしにして、岸田総理の「裏金問題」への対応について考えてみると、どのようなことが見えてくるでしょうか。

ここでは思考実験として、たとえば安倍晋三氏や小泉純一郎氏だったらどんな対応をしたかと比較しながら考えてみるのも、おもしろいかもしれません。

安倍晋三氏なら、
「何をいっているんですか、政治資金パーティーはあなたがたもやっているじゃありませんか。不記載の事例だっていくらもあるじゃないですか。自民党はたしかに悪かったですよ。しかし、あなたがたにいわれる筋合いはありませんよ」
などと余裕の笑みを浮かべつつ演説するかもしれません。

いやいや、あるいは、それこそ安倍氏は総理の座に就いているときは派閥から退いていて、総理退任後の2021年11月に9年ぶりに派閥に復帰。細田博之氏から会長を引き継いですぐに「(裏金の仕組みを)やめるべきだ」と主張したとされます。存命であれば止めていた可能性も高いですし、そうなれば過去のこととして粛々と精算したかもしれません。少なくとも、まず「派閥問題」から手を付けることはなかったはずです。

安倍晋三(1954年~2022年)
安倍晋三(1954年~2022年)出典:Wikimedia Commons

小泉純一郎氏なら、
「これこそ古い自民党だ。こういうことは徹底的にぶっ壊さなきゃいけない」
などと述べつつ、しかし自党内の攻撃対象は最高責任者クラス(つまり、敵対派閥のボスか、自派閥のかつてのボス)に絞り込んで、その人たちを徹底的に攻撃しつつ、その他の人たちは自分についてくれば大いに赦(ゆる)して、むしろ党内の自分の権力基盤を強くするかもしれません。

小泉純一郎(1942年~)"
小泉純一郎(1942年~)出典:Wikimedia Commons

これらは単なる空想でしかありませんが、ただ何となく想像できるのは、結党以来の危機的な状況であればあるほど、現場で汗をかいている中心的なメンバーの結束を固めるなど、自分の陣営をしっかりと固めようとしたのではないかということです。敵手に対しては強弁してでも仲間を固めて、相手が(ブーメランで)崩れるのを待つか、あえて自陣営からスケープゴートを出してでも他の仲間を守るか……。

そもそも「自民党」のあり方をどう考えるか?

良くも悪くも、自民党は「主流派」「反主流派」が抗争しながら歴史を積み上げてきた政党です。主流派に立った側は、反主流派を徹底的に絞めつけますが、殺すことまではしないで、完全な一枚岩にはならない(もちろん例外もありますが)。その両者の抗争が、党内で適度な緊張感を生み、党内で問題が起きたときには再生のカギになる。

これは1選挙区から複数の自民党議員が誕生する中選挙区制だったことや、自由党と日本民主党が合併して成立した歴史などを背景としてできあがったことかもしれません。悪く表現すれば「あまりに激しく頻繁な内部抗争」となりますが、良くいえば「多様性の発露」ともなりましょう。本来、多様性とは熾烈(しれつ)なものでもあるはずですから。

 ※このあたりの機微は、ぜひテンミニッツTVの下記の講義をご参照ください。
 ・井上正也先生(慶應義塾大学法学部教授)
  「福田赳夫と日本の戦後政治(全9話)」
  https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4908
  「岸信介と日本の戦前・戦後 (全7話)」
  https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4814
 ・曽根泰教先生
  「自民党総裁選~その真の意味と今後の展望(全1話)」
  https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4202
 ・ジェラルド・カーティス先生(コロンビア大学名誉教授)
  「中選挙区制だった時代、日本に良き草の根民主主義があった」
  https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=466

もちろん、そのような伝統的ともいえる自民党のあり方を守ることが「日本全体」にとって良いことなのか、「歴史の流れ」から見て良いことなのかは別のことです。日本の未来を良くしていくためには、野党を含めた政治全体のあり方、さらにはデジタル社会の未来像などまでを見据えて考えていく必要さえもあるでしょう。

 ※この視点については、たとえばぜひ以下の講義をご参照ください。
 ・曽根泰教先生
  「自民党『一強多弱』は何が問題か(全1話)」
  https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=681
  「野党論から考える日本政治の課題 (全4話)」
  https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4361
 ・中島隆博先生(東京大学東洋文化研究所長・教授)
  「デジタル全体主義を哲学的に考える(全7話)」
  https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=4241

わが身のこととして自分の頭で考えてみる意味とは?


歴史は、物事の是非を超えて動いていくところがありますから、そこは「歴史の審判」を待つしかないのかもしれません。

しかし、あえて上述のような思考実験をしてみる必要があるのは、自分なり、自分の組織が危機に陥る可能性がいくらでもあるからです。

そんな危機に直面したとき、自分ならどう行動するのか。

田口先生が教えてくださる『孫子』の教えのエッセンスとは、まったく逆のことをやってしまいかねません。いや、もうやっている可能性さえ……。

「評論」的に批判するのは簡単ですが、わが身のこととして考えたときに、自らの身を正しく処せるかは、本当にむずかしいことです(筆者自身、しみじみそう痛感されてなりません)。

現実や歴史、古典に向きあい、わが身を考えてみる。たとえ政治スキャンダルの話であっても、否、そのように日々切迫する話であるからこそ、ぜひ教養をひもとき、色々と想像し、自分の頭で考えてみたいものです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
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