●黒船のインパクトは、現在のGAFAにもまさる?
では最後に、幕末・維新から何を学んだらいいかを話します。まず、国際情勢の認識と対応です。幕末、日本は鎖国攘夷と開国開化に分かれました。幕府は開国開化派、薩長は鎖国攘夷派でした。
黒船のインパクトは、今でいうと宇宙船襲来や『E.T.』との遭遇のような感覚だったでしょう。あまりに巨大な格差です。ところが、幕府の対応は見事でした。江戸時代を統治した官僚制度は、260年間戦争をさせない仕組みですから、よくできていて、大変強固なものだったそうです。
今の世界と日本で起こっていることは何か。ITとかAIの分野で、日本はGAFAに全然追い付かず、中国と比べても全然追い付きません。国際情勢が激変しています。戦後の安全保障体制は、65年たってもう命脈を終えている可能性があります。
現代日本の政党、政府、経団連、経済・産業界は、成功体験を共有していて、まさに幕末における幕府そのものです。優秀な人が集まった精緻な体系ですが、しかし保守的であり、既得権をめぐる集団です。
●民族の「蓄積された人材力を発奮」させた幕末
徳川幕府は既得権を死守しました。ペリーの来訪に対しては有能な官僚を総動員して、見事な外国交渉を行いました。革命勢力はそんなものは持っていないけれど、「攘夷」で民衆のエネルギーを誘導し、「尊皇」で正当化して戦いに挑んだのです。
今、政治は既得権の政治で、政治家は大半が世襲になっています。新規人材が枯渇しているのです。官僚はシステムが非常に強固で、しかも忖度行政です。天下国家論などを聞くことはなく、探究心も乏しいでしょう。だから、人材は次々と政府を離れています。すでに末期的症状なのです。
政府は、財界の方向性と既存システムの維持に固執してリスクを回避し、内部留保を蓄積しています。これは、優秀な人材を抱えているのにまったく動かない幕末の徳川体制と酷似しています。
その時に民族の気概とエネルギーはどうなったか。岡崎久彦氏の説によると、「人材力が蓄積されていた。それを発奮させたのだ」となります。幕末の志士は、国を憂うる心と探究心に優れ、人物を求めて学びました。遠方でも、人物がいるとなれば、米を袋に入れて何里もの道も歩いて会いに行くのです。陸奥宗光は、それをやった。福沢諭吉もそれをやった。武士の知的蓄積です。
薩摩・長州の主力は下級武士です。「草莽(そうもう)」と言いましたが、刀一本持って、食うにも困るような若者たちも育てたわけで、伊藤博文などは足軽の息子(養子)ですから、その類です。
●現代の「草莽の志士」はベンチャー予備軍?
では、今の日本はそこから何を学ぶのか。革命勢力や潜在能力はどこにあるのか。そういう勢力があるのか。若くて優秀な人材はあります。既成システムの大企業の中にも、政府の中や団体の中にも、トップに立てず、展望が持てない人はたくさんいます。若さ、想像力、能力、問題意識、怒りも持っている。いわばベンチャー予備軍です。
かつて私は大学教授でしたが、昔「(就職先は)どこへいきたい?」と聞くと、「日銀へ行くのが最高です」と学生が口をそろえて答えた時代がありました。その次の時代には「日銀よりも大企業がいいですね」と言う人が出てきて、そのすぐ後で「ゴールドマン・サックスがいい」という方向付けがされたのです。
今はゴールドマン・サックスではありません。今は「ベンチャーを興したい」です。どこかでドクター(博士号)を取って、自分でベンチャーの会社を興す。これが、かっこいい。では、どこへいくのか。深センへ行くのか。それでもいいけれども、その先、彼らはチェンジメーカーになれるのか。時代をどう変えるのか。そこが今、問われているのです。薩長の草莽は、身分が低くても時代を変えました。今、誰かがそこに火を付けなければいけません。
●国家の理想がなかった明治に、どう学ぶのか
最後の最後になりますが、このシリーズレクチャーのテーマは明治という新しい国家についてでした。しかし、維新政府にはっきりとした国家構想はなく、だから、岩倉使節団を送ったのです。福沢諭吉の本を真面目に読めば、彼らが見たものよりもはるかに詳しく、ほとんどのことが書いてあるのです。福沢の本はベストセラーになっていて、教科書としても使ったといわれますが、彼らが本当に読んだのかと感じるぐらい、そこからは学んでいません。
しかし、外国に学び、ドイツやイギリスなどを見て感動して帰ってきました。それはプラスだったと思います。その後がすごかったからです。士族を払拭すると言って、一気に廃藩置県、地租改正、秩禄処分が起こります。これは世界中の国々が唖然とするような改正です。
その後で、今回は話しませんでしたが、通...