●医療行政は管理強化の歴史である
日本型の社会福祉の中には、さまざまな問題が内在しています。医療の場合、問題は何といっても政府による統制管理です。これがさまざまな面で非効率を生んでいます。この図からも分かるように、医療費は上がり続けています。それを抑えるべく、政府は管理を強化してきました。医療行政は、この20~30年、管理強化の歴史だったのです。
具体的にいえば、価格統制と量の統制です。一般に、価格と量を統制すれば、マーケットは機能しなくなります。しかし医療に対して、政府はこれを平然と行っています。
例えば、数千点に及ぶ医療行為や薬品に関して、診療報酬という仕組みがあります。1点10円で換算され、報酬が決まります。しかし驚くべきことに、医療行為の質と成果は問われません。ある名前が付いた医療行為は、どんなものでも同じ価格です。つまり、素晴らしい名医も、国家試験に通るのも危ない不熟練のお医者さんも、診療報酬体系上は、どちらの診療も全く同じ価格なのです。当然値段の差を付けるべきでしょう。日本の医療行政は、こうした価格機構を否定しており、市場機能を不全にしているのです。
●市場メカニズムが一切無視されている
あるいは、量の統制も行われています。病院や病床の規制です。市場のニーズを見ていないため、病院の数は地域差と部門差が大きくなっています。確かに役人は、人口比率で考えているのですが、事業者の意向は反映されていません。こうしたことは市場メカニズムを通して分かるはずですが、一切無視されています。需給ギャップが大きくなるわけです。
病床規制も行われています。例えば、面倒見のいい病院に慢性病の高齢者が入院します。慢性病ですから長く入院し、急性の患者は入院できません。入院できてもせいぜい3カ月です。回復していない状況で追い出されてしまい、挙げ句の果てには病院をたらい回しにされ、結局死んでしまう、ということになりかねません。これが大問題になっていますが、やはり原因は市場メカニズムの無視でしょう。
医学部の数量規制もあります。過去四十数年間、新しい医学部は一つも創設されていません。今後、高齢化が進んでいけば、医者の数が不足するでしょう。今から医学部を新しくつくっても、お医者さんが一人前になるのには20年ぐらいかかります。特に東京のような超高齢化都市では、かなりの医者危機が起きるでしょう。
●競争によるイノベーション機能を生かすべきだ
こうした問題を解決するには、競争によるイノベーション機能を生かすことです。例えば、医療の質を評価するようにするのです。どんな医療だったのか、患者は治ったのかどうかということを表す必要があるでしょう。死亡率は目安の一つではありますが、絶対的なものではありません。死亡率の高い病院は、必ずしも悪い病院ではありません。あえて死にそうな患者を引き受けているから死亡率が高くなるのであって、むしろそうした患者を絶対に引き受けないという病院の方が変でしょう。こうしたことを全て数値化し、あからさまにするべきです。ネットで公開して、誰でも分かるようにしましょう。そうすれば患者が、病院とお医者さんを選ぶようになります。これが市場機能なのです。
あるいは診療報酬も改善すべきです。名医の報酬と駆け出しの医者の報酬が同じだということは、普通に考えてあり得ません。例えば、アメリカは医療費の非常に高い国ですが、面白い試みが行われています。DRG-PPS(Diagnosis Related Group-Prospective Payment System)といって、例えば糖尿病なら糖尿病で、同じような種類の症候群に対して、どれだけの医療費が払われたのか、その標準が統計上明らかにされているのです。
こうしたことは今の情報化社会なら、すぐにできるでしょう。どこの病院で、どんな病気を診察してもらったら、医療費はどれぐらいかかったのかということを、全てネット上で見られるようにするのです。分布図を作れば、診療費が異常なのかどうか、安すぎないか高すぎないか分かります。こうした情報を国民の前に開示すれば、分布の平均よりも少し上のところに殺到するでしょう。そうすれば、改善していかない病院は生き残れなくなります。アメリカではこうした市場メカニズムが利用されています。
日本でも2003年に、DPC(Diagnosis Procedure Combination)という似たようなシステムが作られました。大学病院など日本の主要病院に導入されています。1日で医療費がどのぐらいかかったのかを報告させ、統計で標準費を決定するというものです。しかしこれでは実態を追認しているだけで、何の市場効果もありません。
医療界は、医師会を中心に、質や結果という尺度を極度に拒否する体質です。国民に選ばれるということも、拒否しています。厚労省は...