日本が中国に出した「21カ条の要求」の罠と必然…不安定な満洲利権を手にした日本が直面した難題とは?
「満洲」から考える日本とアジア(6)21カ条の要求と第一次世界大戦
日露戦争後、ロシアが日本に渡した満洲利権の租借期限は短いものであり、日本は巨額の投資を行なった「満洲」の権益確保に奔走せざるをえなくなる。しかも、辛亥革命によって中華民国が成立する中で、日本は条約の再締結を迫ら...
収録日:2026/05/13
追加日:2026/09/29
「満洲利権」はなぜ日本の手に渡ったか?…ロシアの極東征服、そして朝鮮の混乱が日本を日清・日露戦争へ
「満洲」から考える日本とアジア(5)ロシアのシベリア征服と日清日露戦争
1581年、シベリア征服に乗り出したロシアは、毛皮などを求めてさらに南下し清朝と対峙するも、1689年のネルチンスク条約で一度は撤退を余儀なくされた。しかし、19世紀中頃、清の弱体化に乗じて北京条約などを締結し、アムール...
収録日:2026/05/13
追加日:2026/09/28
実は元寇はモンゴル人ではなかった?満洲をめぐる民族興亡史と「漢族」との関係…蒙古襲来から清朝建国まで
「満洲」から考える日本とアジア(4)蒙古襲来と清朝建国
女真族による金の建国からモンゴル帝国の勃興へと覇権が移る中、日本に迫った「蒙古襲来」。襲来したモンゴル軍は、実は遊牧民のモンゴル人ではなかったのではないかという。それはなぜか。そしていったい誰が攻めてきたのか。...
収録日:2026/05/13
追加日:2026/09/22
謎の「渤海」…7世紀末から10世紀まで満洲で栄えた渤海と奈良時代以降の日本との交流の背景は安全保障
「満洲」から考える日本とアジア(3)「渤海」とはいかなる国か
奈良・平安時代、日本と渤海は安全保障や交易を目的として活発に交流し、200年間にわたり双方から多くの使節が派遣された。菅原道真が編集した『類聚国史』をはじめとする日本の史料には、渤海経由で唐へ向かった記録などとして...
収録日:2026/05/13
追加日:2026/09/21
日本人が知らない満洲・朝鮮・モンゴルの違い…朝鮮のルーツは実は満洲で、モンゴルと満洲を分けるのは降水量
「満洲」から考える日本とアジア(2)満洲・モンゴル・朝鮮の違い
満洲・モンゴル・朝鮮の違いは何か――多くの日本人はその3者が「全部違う」と考えがちだが、その考え方は全く違うのだという。朝鮮のルーツとされる高句麗も。実は満洲のハルビン(哈爾濱)発祥の狩猟民の国だったのである。かつ...
収録日:2026/05/13
追加日:2026/09/15
「満洲史」はなぜ現代日本でタブー視されるのか?…王道楽土の夢とアヘンなどの裏面から見えてくる現代への教訓
「満洲」から考える日本とアジア(1)「満洲」を知る意義とは
かつて日本と深く関わった「満洲」は、現代では自虐史観や政治的意図からタブー視されがちである。しかし、モンゴル史研究で培った視点や周辺民族の立場から光を当てることで、従来の枠組みに囚われない立体的な歴史像を提示し...
収録日:2026/05/13
追加日:2026/09/14
左遷をバネに勇躍する岸信介、その成長の契機に迫る
岸信介と日本の戦前・戦後(3)満洲への「左遷」
商工省で統制経済の知見を深めていた岸信介だが、官僚時代のキャリアにおいて大きな転機となったのは、満洲への「左遷」だった。近年の研究を参照すると、満洲での功績として挙げられる「満洲産業開発五カ年計画」の内実は、こ...
収録日:2022/09/02
追加日:2023/03/04
「小澤開作的なるもの」と「官僚的なるもの」の違いとは?
小澤開作と満洲事変・日中戦争(10)日本の国を滅ぼすのは…
小澤開作は戦争中から「東大をぶっこわせ」と言いつづけ、戦後の東大紛争のときには、徹底して学生側の味方だったという。「日本の国を滅ぼすのは官僚と軍人だ」と考えていたからこそ、官僚を数多く輩出してきた東大に批判的な...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/11/16
ロバート・ケネディに直接訴えた満洲事変・日中戦争の教訓
小澤開作と満洲事変・日中戦争(9)ベトナム戦争への助言
「単刀直入」で「陰日向ない」、そして「情にもろい」。それが小澤俊夫氏が見るところの小澤開作のタイプだった。指揮者として成功した小澤征爾氏に、折にふれて投げかけた言葉から、そんな小澤開作の人柄が浮かび上がってくる...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/11/09
「涙を忘れてきた日本人が、敗戦で涙を知るのはいいことだ」
小澤開作と満洲事変・日中戦争(8)最後の和平工作は成らず
終戦の数カ月前、「新民会」で共に活動していた繆斌(みょうひん)が、日本を訪れる。彼は自分は蒋介石の特使だと語り、日本に和平を打診する。小磯國昭(首相・陸軍大将)や緒方竹虎(大臣・情報局総裁)、東久邇宮稔彦王はこ...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/11/02
小林秀雄、根本博、土肥原賢二、清水安三、遠藤三郎との交友
小澤開作と満洲事変・日中戦争(7)親しく交流した人々
北京の小澤公館には、中国の大きな壷が置いてあった。従軍記者として来ていた小林秀雄は、酒を酌み交わしながらその壷を見て、「これは偽物だ、駄作だ」と評した。小澤開作は「偽物であっても、これを作った人にとってはかけが...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/10/26
「後世に誰かが……」検閲されてばかりの雑誌を発行する覚悟
小澤開作と満洲事変・日中戦争(6)『華北評論』に懸けた思い
前話で見たように「この戦争には勝てない」と平気で言い放つ小澤開作の家には、憲兵が監視に来ていた。しかし、その憲兵さんは、小澤家の女中とやがて結婚する。それほど、小澤家は明るい家庭だったのだ。だが、一方で小澤開作...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/10/19
「こちらが信じれば、向こうも信じてくれる」を信念として
小澤開作と満洲事変・日中戦争(5)この戦争には勝てない
果敢に中国の民衆への働きかけを行っていく小澤開作には、敵から懸賞金すらかかっていた。しかし、小澤開作は腹が据わっていて、恐れを知らぬ人だった。「運転手を夜遅く働かせたらかわいそう」と呑んだ帰りは1人で人力車で帰り...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/10/12
日中友好のために中国人農民の生活向上をめざす「新民会」
小澤開作と満洲事変・日中戦争(4)北京での「新民会」活動
満洲を去った小澤開作は、北京で新たな活動を始める。再び北支(華北)の地で「民族協和」「日中友好提携」の夢を実現しようとしたのだ。だが盧溝橋事件が勃発し、日中戦争が始まる。そんななかで小澤開作が立ち上げたのが「新...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/10/05
飛行場建設、満洲国協和会…しかし、協和の理想は壊されて
小澤開作と満洲事変・日中戦争(3)満州建国での活躍と挫折
遂に、満洲事変が勃発する。このとき小澤開作は、なんと自らの財産をなげうって、長春に飛行場を建設してみせるのだった。その後、鉄道を管轄する「東北交通委員会」で活動して若き中国人職員たちに満州建国の理想を熱く語りか...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/09/28
「万宝山事件」朝鮮人を迫害から救うべく決起し、満洲事変へ
小澤開作と満洲事変・日中戦争(2)朝鮮人への迫害と闘う
満洲事変の直前、満洲では日本人排斥が猛威を振るっていた。張学良政権は「盗売国土懲罰令」を制定するが、これは日本人や朝鮮人に土地を貸したり売ったりした者を処罰するもので、まったく国際法を無視したものであった。これ...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/09/21
満洲で「五族協和」に命を懸けた小澤征爾の父・小澤開作
小澤開作と満洲事変・日中戦争(1)少年時代の苦労と五族協和の夢
小澤開作は、彫刻家の小澤克己氏、口承文芸学者の小澤俊夫氏、指揮者の小澤征爾氏、俳優でエッセイストの小澤幹雄氏の四兄弟の父だが、実は満洲事変当時、満洲在住の日本人として「五族協和」の実現のために奮闘し、さらに日中...
収録日:2019/10/09
追加日:2020/09/14
「残虐行為の証拠」の写真も出所は全て調べがついている
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(12)反省すべきは説得できなかった力量不足
「戦前の日本のことを反省する」というのならば、まずは、ありもしなかった「侵略」や「残虐行為」を反省するのではなく、世界に満洲事変の真実を伝えられなかったことをはじめ、自国の主張を正当に訴えて諸外国を説得できなか...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/10
もし大虐殺があったなら、南京政府が樹立できるはずがない
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(11)虐殺後の南京に「汪兆銘政府」ができるか?
仮に南京で大虐殺があったなら、汪兆銘は南京政府をつくることができなかっただろう。いってみればそれは、虐殺が行なわれたアウシュヴィッツなどの地に、虐殺を主導した人々が新しい政府を打ち立てられるか否か、という問いと...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/10
アウシュヴィッツのような大虐殺の地に新政府を置くのか?
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(10)南京大虐殺という虚説を封じる反論
シナ人たちは相も変わらず、虚構の歴史を拡大再生産させているといっても過言ではない。とはいえ、シナ側の「三十余万人が惨殺された」という胡散臭い一方的な主張に対して、それがなかったということを証明するのはなかなか難...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/10
当時の陸軍は全く統制を欠いていたと言わざるを得ない
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(9)参謀本部が止められなかったシナ事変
シナ事変は、参謀本部第一部長だった石原莞爾が反対していたにもかかわらず拡大していった戦いであった。当時の陸軍はまったく統制を欠いていたといわざるをえない。上智大学名誉教授・渡部昇一氏によるシリーズ「本当のことが...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/10
満州事変の立役者も「そのこと」は分かっていた
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(8)なぜ満洲国のみで自重できなかったか
満洲国の建国に対して、これを認める国が最終的には23カ国にも上った。この流れをさらに引き寄せるためにも、日本はもう少し我慢して、万里の長城の外側、つまり満洲国のみで自重するべきだった。石原莞爾自身も、そのことは...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/10
満洲は別物―国際社会に第一に説くべきだったこと
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(7)崇高だった五族協和の理念
当時、国際社会に強調するべき点は、満州国はシナとは別物であるということに加えて、満洲国が掲げた「五族協和」の理念だった。日本人、漢人、朝鮮人、満洲人、蒙古人など諸民族の協調路線のことである。差別を排して、五族協...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/10
松岡洋右の国際連盟演説の大問題…勉強と意思疎通が不足
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(6)どう考えても大義名分が立つ行為だった
どう考えても満洲国の建国は、偏見を交えずにいえば、十分に大義名分が立つ行為だった。そもそも、清朝の皇帝が自分の郷里に帰り、国をつくってどこが悪いのかということなのだ。ところが松岡洋右首席全権が国際連盟総会で行な...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/07
当時の国際社会では当たり前のことを日本はしなかった
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(5)満洲事変への批判を招いた幣原外相の罪
南京事件からの教訓を、幣原外相は生かそうとしなかった。満洲事変に至る過程をきちんと説明して、理解を求めれば、日本に批判が集まることはなかっただろう。だが、幣原外相は不拡大を唱えるばかりだった。それに対して、幣原...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/07
「日本人に土地を売ったら死刑」という法律までつくられた
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(4)激化する革命外交と排日運動
シナ国民政府の革命外交の方針はさらに強まり、加えて排日運動はさらに激化し各地で暴動が発生した。さらに、満洲では満鉄利権を脅かすように満鉄を包囲するかたちで鉄道が敷設され、日本人に土地を売った者は売国犯罪者として...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/07
米英協調でつけこまれた幣原外交の大失敗
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(3)幣原外交の致命的失敗
日本国民と日本政府は、ベルサイユ条約からワシントン条約までの平和路線、すなわち幣原喜重郎が進めてきた外交路線を好み、議会もそれを支持した。ところが実際には、諸外国からはその協調姿勢につけ込まれ、結果として失点ば...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/07
列強に蚕食されていた中国で民族自決の気運が一気に高まる
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(2)アメリカとソ連が火をつけた「民族自決」
民族自決権という考え方が、対支二十一カ条で怒りを抱いたシナの若者たちに火をつけた。加えて、コミンテルンの過激な煽動によって、排日運動はどんどん激化していく。それがシナ本土だけならまだしも、満洲でも起こってくるか...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/07
放っておけば朝鮮はロシア領になりかねなかった
本当のことがわかる昭和史《5》満洲事変と石原莞爾の蹉跌(1)なぜ満洲が重要だったのか
昭和史にとって満洲問題が非常に重要だった。それを考えるためには、明治維新、そして日清戦争にさかのぼらなければならない。上智大学名誉教授・渡部昇一氏によるシリーズ「本当のことがわかる昭和史」第五章・第1回。
※本項...
収録日:2015/02/02
追加日:2015/09/07
ある人物の不在から日米開戦という不幸は始まっていた!?
本当のことがわかる昭和史《2》軍縮ブームとエネルギー革命の時代「明治の精神」の死(20)満洲にアメリカの石油会社を招致すればよかった
日本が戦前に満洲で建設し、残してきた膨大なインフラが、戦後のシナの経済発展に大きく寄与し、1964年には大慶油田が開発された。戦後に満洲で、これだけの規模の油田が開発されているわけだから、戦前の日本は、当時、世...
収録日:2014/12/15
追加日:2015/08/20