平安文学の危機と藤原定家による「漢字仮名交じり」の試み
文明語としての日本語の登場(6)鎌倉ルネサンス
公家から武家の世へと政権や人心が移る頃、乱れる日本語を通して公家文化の再復興につとめたのが、藤原定家である。釘貫氏が「鎌倉ルネサンス」と呼ぶ彼の活動は「定家仮名遣い」を産み、さらに写本のかたちで定着させていった...
収録日:2023/12/01
追加日:2024/04/12
藤原道長によって最盛期を迎えた摂関政治…なぜ衰退した?
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(6)摂関家の成立と摂関政治の衰退
藤原道隆、道兼、道長の「三道時代」になってくると、それぞれがライバル関係の中で競争の原理が働き、最終的にチャンピオンシップを握ったのは藤原道長だった。この段階で最盛期を迎える摂関政治だが、その後衰退していくこと...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/02/09
藤原定家『明月記』にも出てくる「和田合戦」とは何か
鎌倉殿と北条氏(8)御家人同士の主導権争いと和田合戦
「承久の乱」という大きな歴史の流れに向かう一方、鎌倉幕府内部では北条氏が御家人の中心を占めるための地域紛争が連続していた。梶原景時、畠山重忠などの滅亡後、鎌倉幕府にとっても北条氏にとっても極めて重要な争いとなっ...
収録日:2021/11/08
追加日:2022/02/27
奥州十二年合戦、契機は辺境軍事貴族の「ルール無視」
「武士の誕生」の真実(7)奥州藤原氏と奥州十二年合戦
「将門追討3人衆」の一人、藤原秀郷はその後、平泉を中心に11世紀ごろから勢力を拡大していく。その末裔にあたるのが藤原清衡の父親で、息子の清衡は「奥州藤原氏」の始祖となる。ちょうど同じ頃、俘囚の末裔で辺境勢力である安...
収録日:2021/10/22
追加日:2022/01/26
「芋粥」に登場する藤原利仁からわかる地方下向の理由
「武士の誕生」の真実(5)俘囚の役割と武士団のルーツ
律令体制の解体に伴い、北と南の軍事課題に直面していた当時の政権は、その鎮圧をどうするかに苦心していた。そこで考え出された方策が「夷を以て夷を制す」。つまり、北で反乱を起こす蝦夷勢力を、南で問題となっていた新羅海...
収録日:2021/10/22
追加日:2022/01/12
藤原氏は『古事記』をサポートする家だったのではないか
世界神話の中の古事記・日本書紀(7)国家の正統性はどこにあるのか
『古事記』と『日本書紀』の違いの1つは、国譲りの記述にあると鎌田氏は言う。『古事記』では国譲りで壮大な物語が描かれ、『日本書紀』では非常にあっさりとした記述に留まる。その理由はいったい何だろうか。一国の歴史を考え...
収録日:2020/10/05
追加日:2021/05/19
本歌そっくりだが知れば知るほど際立つ藤原雅経の歌の工夫
和歌のレトリック~技法と鑑賞(6)本歌取り:その2
和歌のレトリック「本歌取り」についてのレクチャー後編、今回は百人一首の中から2首を、それぞれの本歌とともに取り上げる。なかでも藤原雅経の歌「み吉野の山の秋風さ夜ふけて故郷寒く衣うつなり」」には、「本歌と大差ない」...
収録日:2019/06/17
追加日:2020/02/18
藤原定家が完成した「本歌取り」は古歌への恋
和歌のレトリック~技法と鑑賞(6)本歌取り:その1
和歌のレトリックについて解説するシリーズ講義。6つ目のレトリックは「本歌取り」だ。この技巧を完成したのは藤原定家であるため、百人一首には本歌取りの歌が多く収められている。では本歌取りとは何か。皆の共有財産となって...
収録日:2019/06/17
追加日:2020/02/11
藤原定家が生涯の一首として取り上げた理由
百人一首の和歌(5) 藤原定家
東京大学大学院人文社会系研究科教授の渡部泰明氏による百人一首に関するシリーズレクチャー。最終話では百人一首の選者とされる藤原定家が自身の歌として選んだ一首を取り上げる。定家自選というだけあって、その歌は多くの示...
収録日:2018/04/02
追加日:2018/06/30
藤原不比等の時代の重要性は見直すべき
逆境の克服とリーダーの胆力(1)藤原不比等の時代
公益財団法人松下政経塾副理事長・イマジニア株式会社代表取締役会長兼CEOの神藏孝之氏が、逆境を克服する胆力を持ったリーダー像について語る、講演シリーズ第1回。現在の日本が置かれた状況を考える際、藤原不比等の時代こそ...
収録日:2018/01/19
追加日:2018/05/29