左道に訴えないーー『古事談』が伝える「貴族道」の本質
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(9)「貴族道」の「貴族道」たる所以
平安時代、暴力や武力は「左道」にあたり、やってはいけないことを意味する。「貴族道」は劣勢であっても決して左道、すなわち暴力や武力に訴えず、議論でそのことを伝えていく。つまり客観性と平和主義とを重んじる価値観を示...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/03/01
「貴族道」とは何か――武士の対極にある貴族の価値理念
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(8)平安王朝における「貴族道」
平安時代の貴族は位階三位以上を指していたが、彼らが国政の中枢を担当する一方で、位階四位以下の人々は地方政治を担った。そしてこの時代、貴族たちは独自の価値観として、「武士道」に対をなす「貴族道」といっていい概念を...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/02/23
『古事談』『古今著聞集』にみる平安朝の結果オーライ主義
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(7)律令国家と王朝国家の違い
摂関政治から院政へと移行していく中で、王朝国家はその特徴をさらに強めていった。公家、武家、寺社家の3つの権門は、それぞれの分野で権力を発揮して律令国家と異なる請負体制を確立させた。当時の様子をうかがい知ることので...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/02/16
藤原道長によって最盛期を迎えた摂関政治…なぜ衰退した?
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(6)摂関家の成立と摂関政治の衰退
藤原道隆、道兼、道長の「三道時代」になってくると、それぞれがライバル関係の中で競争の原理が働き、最終的にチャンピオンシップを握ったのは藤原道長だった。この段階で最盛期を迎える摂関政治だが、その後衰退していくこと...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/02/09
院政か親政か…日本史で重要な政治システム「治天」とは
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(5)摂関政治から院政へ
平安時代後期の摂関政治において、特に摂関家の女子力が政治的影響力を持つようになる。天皇の血統を保持する上で摂関家の女子たちが重要な地位を占めたからだ。そうして、当時非常に大きな役割を担った摂関政治だが、やがて「...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/02/02
三平時代から三道時代へ、「摂関政治」定着への大きな流れ
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(4)摂関政治と「三平・三道」時代
平安時代に摂関政治が成立すると、天皇の役割は象徴的なものへと変化していった。この時代、藤原北家によって摂政・関白制度が確立されると、政治権力の中心は藤原摂関家に移る。そして『大鏡』に描かれた、藤原時平をはじめと...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/01/26
宇多、村上、醍醐…大転換期を象徴する天皇名の変化
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(3)10世紀の外的環境と天皇名の変化
かつて日本が遭遇した最大の対外的な危機は平安時代、「王朝の時代」といわれる10世紀に訪れる。四方を海に囲まれた日本は諸外国と比べ、歴史的に外部からの危機は非常に少なかったが、その頃の大陸の政治変動に影響され、外部...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/01/19
律令国家から王朝国家へ…「請負制」と公家、武家、寺社家
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(2)請負システムの浸透と王朝国家の確立
10世紀以降、平安時代の日本において、天皇は権威ある存在として権力から離れていくと、政治権力を代行する存在が登場してくる。それが摂関家、武士、宗教権門の3つである。これは中国の律令国家モデルからの脱却と日本独自の「...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/01/12
平安時代の意外な真実…貴族社会の華やかさの裏の激動と転換
平安時代の歴史~「貴族道」と現代(1)日本の歴史における平安時代の意味
古代から中世への移行期である平安時代は、日本史上最長の400年に及ぶ時代である。平安貴族に象徴される優雅なイメージとは異なり、この10世紀は内外の危機に見舞われた激動の時代でもあり、さらに周辺国も含めて大きな転換期だ...
収録日:2023/10/20
追加日:2024/01/05
奥州十二年合戦、契機は辺境軍事貴族の「ルール無視」
「武士の誕生」の真実(7)奥州藤原氏と奥州十二年合戦
「将門追討3人衆」の一人、藤原秀郷はその後、平泉を中心に11世紀ごろから勢力を拡大していく。その末裔にあたるのが藤原清衡の父親で、息子の清衡は「奥州藤原氏」の始祖となる。ちょうど同じ頃、俘囚の末裔で辺境勢力である安...
収録日:2021/10/22
追加日:2022/01/26
承平天慶の乱がなぜ軍事貴族を輩出する契機となったのか
「武士の誕生」の真実(6)承平天慶の乱と軍事貴族
これまでの歴史の理解では、中央政府の不安定化に伴って、武士が登場してきたというストーリーが一般的だった。しかし、近年ではそうした理解が見直されつつある。むしろ中央政府と兵にはある種の協力関係があったのである。兵...
収録日:2021/10/22
追加日:2022/01/19
ギブ・アンド・テイクの関係にあった古代ローマの貴族と庶民
独裁の世界史~ローマ編(3)元老院貴族と庶民の関係
ローマの共和政を支えたのは300人の元老院貴族だが、彼ら自身をそれにふさわしく磨いたのは何だったのか。また、元老院貴族の新陳代謝はいかに行われ、庶民との関係はどのように結ばれていたのだろうか。(全4話中第3話)
※イ...
収録日:2019/12/19
追加日:2020/05/16
独裁政・貴族政・民主政のバランスが取れていた古代ローマ
独裁の世界史~ローマ編(1)なぜローマは帝国になったか
長い世界史のなかで共和政期における古代ローマと中世におけるヴェネツィアは、独裁政の抑制に働いた二つの国家として注目に値する。今回のシリーズではローマの成り立ちと、政治の仕組みを見ていく。第1話では、なぜローマは帝...
収録日:2019/12/19
追加日:2020/05/02
アテネ以外のポリスの多くでは「僭主政」がずっと続いた
独裁の世界史~ギリシア編(2)僭主政と貴族政の違い
21世紀の現代、「独裁」という言葉は否定的に使われる。しかし、世界史を見ると、「独裁でない」時代はむしろ例外だ。その貴重な例外に、ギリシアやローマの共和政がある。彼らはどのように「独裁」をコントロールしていったの...
収録日:2019/12/03
追加日:2020/03/06
ローマ皇帝ネロを「暴君」にした元老院貴族とキリスト教徒
ユリウス・クラウディウス朝~ローマ史講座Ⅵ(4)ネロ(中)
ネロが暴君になっていく道筋は、元老院から始まったと早稲田大学国際教養学部特任教授の本村凌二氏は言う。派手な振る舞いによる財政のマイナスを貴族の追放や処刑による財産没収で補ったからである。しかし、もちろんそれだけ...
収録日:2017/08/07
追加日:2017/09/21